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計算尺


「計算尺」については良く知らない御仁もおられると思うので、そのうち家 の中から現物を発掘して、表示しようと思う。5本くらいはどこかに埋もれて いる筈である。高いのは1本5000円くらいはした筈なので、もったいなく て捨ててはいない筈だ。

さて、当時は、まだ電卓もないころで、掛け算、割り算をするのは、筆算か 算盤でおこなうのが一般的であった。その後しばらくして電卓が普及してきた のであるが、最初は高くて、とても買えるものではなかった。今では、雑誌の 付録とか、名刺がわりにくれたりするが、嬉しくもなんともないものである。

当時はそういう時代であり、理工系の大学生はもちろん、工業高校などでは 計算尺は必須の計算道具であった。当時、私はまだ中学生であり、この不思議 な計算のできる尺にどういう訳か、のめり込んでしまったのである。

私の通っていた中学が、どうしたものか、計算尺に全校で取り組んでしまっ たのである。全校で計算尺の試験をしたりしても、計算能力が高まったり、高 校入試に有利になるわけでもなかったのだが、とにかく計算尺が盛んな中学で あった。そして、その中学だけでなく、市内の他の中学でもある程度盛んになっ たようだった。

試験問題は、掛け算とか、割り算ばっかりだったので、問題はすぐに作れる のだが、解答を作るのが大変であった。電卓なんてものは学校にないので、算 盤で計算をして正しい答を求めて、さらに誤差範囲(有効範囲)を求めないと いけない。計算尺というのは、ようするに尺に描かれた目盛を利用して計算を する、アナログの世界である。だから、誤差がどうしても出て来るのだ。

さて、私はこの不思議な計算できる「物差し」にどんどんはまり込み、ストッ プウォッチまで買ってもらい、日本商工会議所の練習問題集をどんどんやって 腕を磨いてしまった。

ついでに、計算尺メーカーであるヘンミ計算尺 に手紙まで出して、計算尺の会報というか、月刊誌というのか、 そういうのまで手に入れるようになっていき、学校の勉強はどんどん疎かになっていき、 ついには地元の県立普通科へは進学出来ず、岡山市内の県立高校へ こっそりと逃げ込まざるを得なくなってしまった。

そういう訳で、中学生の間に、日本商工会議所の2級までは合格した。1級 は一度受験したのだが、指数・対数のことをちゃんと勉強していなかったので落ちてしまった。

その後、高校に入ってからも、最初はちょっとやっていたのだが、学校で指 数・対数を勉強したりして、次第に計算尺がつまらなくなり、1級の試験も受 けないままで終った。

中学のとき、いじになって計算尺の練習をして、ついつい教師より上のクラ スの日本商工会議所の試験に合格してしまい、困ってしまった。解答がないと きなんか、私の計算結果をそのまま解答用紙として使用されたりして、ミスも おちおち出来なくて、本当に困ってしまった。

今から思うと、私は計算が嫌いである。だから、計算尺という道具に頼った のであろう。今も計算は嫌いで、コンピュータに頼っている。今ではかなり面 倒な方程式だってコンピュータが勝手に解いてくれる。だから、計算尺は得意 だったが、決して計算は得意でも、好きでもなかった。

そして、これは子供達にも完全に遺伝してしまったようだ。幾何的なものは 好きだが、計算問題は面倒だといって全然やらない。親に似たので、文句もあ まり言えないし、困ったものだ。

1996年8月29日 記


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