目次次「実行速度」 English

藪医者


どの世界にも、できる奴、できない奴がいる。コンピュータの世界とて同じ である。

さて、コンピュータ以外の世界として、医学、医者の世界を考えてみよう。 この世界には、名医と薮医者がいる。もちろん大部分は普通の医者と言えばい いのだろう。

薮医者にも色々あるので、一概に決めつけてはいけない。色々な意味を含め て、病気を直せない、直す能力の欠如した医者を薮医者と呼ぶことにしよう。 まあ、簡単な病気だけの相手をしている分には薮医者でも大した問題はないか も知れない。しかし、急を要する病気になったとき、薮医者の元にずっといた のでは本当に死んでしまう。いや、なかなか治らないなと思ったら、他の医者 の診察を受けてみるか検討すべきであろう。

もう亡くなったが、父が夜になって苦しみだしたことがある。心臓病であっ たが、痛いという場所は腹部であった。心臓病は、やはり専門医のいる巨大病 院でなければ、いざというときにはどうにもならない。しかし、腹痛なので、 わざわざ遠くの巨大病院ではなく、とりあえず近所の救急病院へ行くことにし た。

そこは人口十万ほどの町の公立の総合病院である。父が最初に心臓病になっ たときにも来た病院であるが、ある程度以上の重症患者はここでは無理で、医 者、看護婦および設備の整った巨大病院へ回されたのである。

腹痛といっても何とか歩けるようだったので、自家用車に載せて町の公立病 院に駆けつけた。色々診てもらったのであるが、結局分からず、適当な注射な どをされて帰ることになったのであるが、問題は何も解決していない。当人は、 しばらくするとまた痛がり始める。これではどうしようもない。ちょっと遠い が、心臓病で通院している名声の高い巨大病院まで深夜駆けつけた。

診察が始まると、痛みの原因はすぐに分かった。それも、道具も何もこれと いった物は使わず、診察開始と同時くらいだった。あきれるほど単純なことで あった。便秘だった。便が溜まり過ぎて腹痛を起こしたのだ。排泄してもらっ て帰宅した。薬などは出なかった。

でも、不思議なのは、最初に行った公立病院で便秘が見つからなかったこと である。ずいぶん時間をかけて診察していたにもかかわらず発見できなかった。 もちろんその日の当直医が便秘についてよく知らなかったのであろう。同じ病 院でも、他の医者が当直であったならばすぐに分かったかも知れない。

とにかく、最初にハズレの医者に当たった訳である。ハズレの医者に当たっ たかどうかは非常に難しい問題であるが、ハズレたと思ったら、早く処置をし なければ病気が悪化してしまう。

コンピュータの世界も全く同じである。

私は、自分や仕事仲間の作ったプログラムだけではなく、全然関係のない人 が作ったプログラムの変更作業を頼まれたことがある。ひどい場合には、その プログラムは元々開発を行なっていた会社のコンピュータ技術者ではどうして も新しいコンピュータを使いこなせない。そこで、新しいコンピュータでも動 作するように変更してくれと依頼が来た。

まあ、出来もしないことをあれこれやって、プログラムを台無しにしてしま う前に、よく知っているところに相談するのは非常に賢いことである。でも、 これはプログラムを作っている下請けの会社がした判断ではなく、仕事を出し ている方の会社がしたのであろう。

こういうとき、プログラムをみることになる訳であるが、大抵一見しただけで 悲鳴を上げるというか、気絶してしまいそうな設計を行なっているのである。 膨大な時間をかけて、つまり膨大な金を使って、満身創痍のプログラムを作り 上げているのである。

医者の世界に、どのくらいの割合で薮医者がいるかは知らない。でも、コン ピュータの世界に比べれば微々たるものであろう。薮プログラマの割合は、極 めて少なく見積もっても50%を越えるであろう。要するに過半数はゴミだと いうこと。

このゴミのような技術者にお金を支払うなんて、とんでもないことである。 そんな無駄なお金があるのなら、ゴミを排除し、余った金のいくばくかでも優 秀な技術者を優遇するために使うべきである。そうすれば、プログラム開発は 遅れを取り戻し、開発費用も減少する。

なお、過半数がゴミであることの説明は、本書全体を通じて行なっていく。

インターンシップ体験記


Copyright1996 Hirofumi Fujiwara. No reproduction or republication without written permission
目次次「実行速度」 English