目次次「プログラムは重さで評価」

労働時間


コンピュータ技術者はよく残業をする。プログラムが上手く動かないといっ て、深刻な表情を露骨に出して、深夜まで残業していることがある。深夜どこ ろか、徹夜して、それでも上手くいかなかったと言っていることがよくある。

端から見ていると、ものすごい真面目で勤勉と思うであろう。プログラムが 完成しないので、責任を感じて、一生懸命に努力をしていると上司には映るで あろう。

でも、この「努力」は、価値がある努力なのだろうか。コンピュータ業界に 入ってしまうとすぐに分かることであるが、これは努力ではなく、分からない で迷っていたり、悩んでいるだけなのだと悟れるようになる。もちろん、コン ピュータでやることは千差万別、次々と新しいことをしなければならない宿命 があるから、迷いや悩みが尽きないのは当然である。しかし、殆どの場合、知 識不足や知能不足で悩んでいるのである。

その反対に、さっさと問題を処理してしまう優秀な技術者は、一般には真面 目に働いている印象を与えない。優秀な技術者となれば、下手な技術者が何日 かかっても出来ないことを、いとも簡単に片付けてしまう。もし、たった数分 で片付けた場合、その数分の作業は、どのくらいに評価されるであろうか。

以前、私が技術部長だか研究開発部長かをしていた会社での話である。なお、 部長と言うのは名ばかりで、実際にその会社に顔を出すのは月に一度か二度程 度だった。当初はもっと頻繁に顔を出し、色々と開発をする予定だったのだが、 あまりの程度の低さに呆れ果てて、最低限度の顔出しにしてしまったのだ。ま あ、給与はもらっていたので、最低限だけの義理は果たすが、もっぱら理解し 合えるコンピュータ技術者のいる会社に常駐することに決め込んだ。

めったに顔を出さない方の会社での話である。外注も含めた社員たちが、な にやら喧々囂々と会議をしている。私は、別にやるべきことがあったし、また 例の会議をしているのかと思っていた。内容には興味はなかったのだが、後で メンバーの一人から聞いたら、複数人の共同作業によるプログラム開発なので、 そのためのプログラムの書き方の取り決めをしていたのだと言う。

ここまでは、どこでも必ず行なう普通のことである。だが、その割には、あ まりに盛り上がっていたので論点は何だったかを聞いて驚いた。彼らは取り決 めについて議論していたつもりらしいが、結局はプログラムの基本が理解でき ていないので、ああだこうだと揉めているだけだったのだ。コンピュータ技術 者なら知っていて当然と思っていたことを、何時間も議論していたらしい。まっ たく馬鹿な話だ。私に一言相談してくれれば、楽で、ミスの発生も少ない方法 を伝授できたのに残念であった。

その後、彼らの作ったプログラムを見る機会があった。でも、そのプログラ ムは、
「いったい何を議論していたのだ」
と言いたいような作りになっていた。まあ、 下手の極みといったところだ。

世の中には、「会議好き」が良くいる。4、5時間の 会議ではなく、深夜はおろか、徹夜で、連続10時間の会議をやりたがる「強 者」がいる。まあ、こういう会議は堂々巡りをするのが常である。堂々巡りを せずに何時間も会議ができれば素晴らしい。

私は、1つの会議は2時間が限度、それ以上やっても、集中力が続かないし、 時間の無駄にしかならないと思っている。まあ、急にその場で意見を求められ ても答えられないことも多いし、一定時間で結論が出せないのなら、延長して もまず結論が出る訳はない。後日会議を開いた方が良いと思う。

それに、会議に出るような人間は管理職クラスが多い、そういう高給取りを 長時間拘束することは、会社にとってプラスにはならないと思うのだが、どう だろう。

どうも、会議がどうなったかは問題ではないらしい。会議を長時間やったこ とに満足感があるらしい。2時間会議をやるより、徹夜で会議をやる方が、何 倍も評価が高いのだ。

最終的な成果が問題であるべきなのに、どれだけ時間を費やしたかで評価が 行なわれる世の中である。プログラムにかかる時間は、下手ほど長くなる。そ して、労働意欲が高いと評価される。

下手より上手の方が良いと思うのだが、どうもこの世は逆らしい。上手にな るためには、ちょっとずつ技術を収得していけば良いだけだ。より便利な方法 を学習し、より短い時間で、同じ作業をこなせるようにレベルアップをする。 それで余った時間をさらに学習に使い、さらにレベルアップを続ける。この循 環を続けなくてどうするのか。

新たな問題に取り組む時、ただがむしゃらに取り組むのを美徳としていない だろうか。新たな問題を分析し、自分に足りない部分をなんらかの方法で補強 してから問題に取り組めば、解決も早くなる。コンピュータ以外の世界では、 だいたいそういう行動が取られるのであるが、どういう訳だか、コンピュータ の世界では、知識、技術の習得は大切だと叫ばれながら、それが実践されてい ることは殆どない。先端産業、花形産業、知識産業と思われているが、こと日 本のコンピュータ産業、特にソフトウェア産業を見る限り、それは望むべくも ない。

報酬が労働時間比例制である限り、ソフトウェア産業が単純肉体労働と何ら 変わらない状態が続くであろう。いや、明らかに肉体労働以下の世界である。 無能プログラマに報酬が出されなくなった時、やっとこの業界もまともになる。

インターンシップ体験記


Copyright1996 Hirofumi Fujiwara. No reproduction or republication without written permission
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