目次次「なまものなのでお早めに」 English

1行の価値


以前、私は、次のようなちょっとしたプログラムの修正を行なった。

複数のコンピュータを繋いだ状態(コンピュータ・ネットワーク)で、時間 のかかる技術計算プログラムを担当していた。自分で作ったものではないのだ が、このプログラムを動かすと、ネットワークに繋がっているコンピュータの 動きが遅くなってしまう、という相談を受けた。

面倒な解析を行なうプログラムだから、ある程度そういう状態に陥るのは避 けられないだろうと思っていた。まあ、想像ばかりで判断するのは良くないの で、実際に動いているところをみて判断することにした。ちゃんとしたコンピュー タには、現在コンピュータにどのくらいの負荷がかかっているかを知らせる仕 組みがある。時々刻々とグラフになって、コンピュータの健康状態を報告する のだ。

すると、非常に不思議な振る舞いをが分かった。何と、複雑な技術計算をし ている時は、何の問題もないのである。時間のかかる処理をしていない時に遅 くなるのである。複雑な処理をしているとき、同時に行なわれている他の処理 が遅くなるのは当然だが、その逆の動作をしているのである。摩訶不思議な動 作である。もちろん、不思議な現象だから多くの人が気がついていたのだが、 修正までには至らなかったようだ。

この症状だけで、問題点は殆ど判明したので、プログラムの実行を止め、たっ た1行だけを修正して、もう一度実行した。すると、何もしていない時には、 コンピュータの負荷が軽くなり、グラフは0近くまで落ちていた。

1行ぽっちの修正だから、どうこういうようなものではない。修正に要した 時間は、せいぜい10分くらいだっただろう。

だが、この修正によって得たものは極めて大きい。修正前の状態では、コン ピュータ・ネットワーク上で動かしてしまうと、そのネットワークに繋がって いる別のコンピュータにまで悪影響を及ぼす作りになっていた。そのプログラ ムは、既に何年間も全社的に使われていたものである。巨大企業での全社だか ら、その影響は膨大なものだろう。

そもそも、コンピュータ・ネットワークが普及しつつある現在、動作させる と他のコンピュータにまで悪影響を及ぼすソフトウェアなど、絶対に実行させ てはいけない。ほかの業務にまで支障が出るのだ。

さて、この1行の修正を、金銭的に評価してみよう。10分の作業とみなす ことにしよう。計算が楽なように、1時間6000円とすると、1000円相 当の作業ということになる。仕事全体から言えば、完全に無視されてしまう微 少な金額である。

でも、今まで、このプログラムに携わって、この問題に取り組んだ人や、こ のトラブルを間違って入れてしまった人の作業がある。その作業は決して10 分などではないだろう。少なくみても何日、実際には何週間とかになっている 筈である。まあ、極めて低く見積もっても、100万円くらいの直接の人件費 を無駄にしたことであろう。

さらに、このトラブルを抱えたまま使っていたことによる費用たるや、大変 な額になるだろう。まず、コンピュータの性能が低いので、より高性能なコン ピュータを導入したことであろう。また、多くの利用者に、多大の迷惑をかけ まくったであろう。これらの合計は、億の単位になるかも知れない。

さて、次は、1行よりも小さな話だ。随分前のことだが、メーカーからの紹 介でどうしても断われない仕事を社長が取ってしまって、パソコンで開発した。 実際に開発したのは当時の部下の一人であるが、私が担当責任者をした。

ある種の検査会社の収集データの分析プログラムである。それまでは、昼間 現場でデータを収集し、夕方帰社してから電卓片手に分析を行ない、計算結果 を図表にして提出する仕事である。やっている計算式や図の記入を聞いたら、 随分簡単であった。ただし、データ量が多いので、単純作業の嵐である。これ を何とかパソコンで自動化したい、という要望であった。

当時のパソコンは、今のパソコンに比べると1000分の1位の性能しかな かったので、でき上がったプログラムは、こんなに遅くて大丈夫なのだろうか と思うような代物だった。しかし、データだけを現場に出かけない女性社員に 入力させて、あとは一晩走らせ続けておけば、朝には結果が印字されているの で十分ということであった。設計する方の認識と、利用する方の認識の差は甚 だしい。

さて、このプログラムがしばらく使われてから、その会社の方から相談があ るので来てくれと言われた。機能アップについての話である。それで、直接開 発した部下といっしょにその会社まで出かけた。

話は単純であった。話を聞きながら、プログラムをどう変更すれば済むかは、 私と部下との頭の中に瞬時に浮かんだ。たった数文字の変更だけで、要求どお りの動作をするようになる。あまりに単純なことで悩んでしまった。一応相手 は、これを仕事として発注したいと思っているようだ。いくらでできるか聞い てくるが、あまりに単純なことなので返答に困った。それで、
「検討してきます」
と言って会社を後にした。
部下と帰り道の駅のプラットホームで、
「あそこの×文字の変更だけだな」
「そうだ」
と言い合った。見積るような作業でも何でもない。経理部長クラスがのこの こ出てくるので、「検討してきます」と言うしかなくなった。直接担当の平社 員か操作している女性社員に言われれば、ちょこっとその場で直したかも知れ ない。もちろん無料でだ。まあ、せいぜいコーヒー一杯か、ケーキセット、あ るいは昼飯くらいでこちらも十分満足したであろう。

会社へ戻って、一応検討し、作業工数および総額をいくらで見積ったかは、 もはや覚えていない。たった1行の仕事をどのように見積るのかは難しい。

もちろん、変更作業があまりにも単純だったのは、プログラムの作りが良い から、あるいは良過ぎるからである。


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