目次次「尻拭い」

下手糞なプログラマは殺人鬼


「殺人鬼」とは、きっと物騒な題名、穏やかでない題名と思うだろう。でも、考えて頂 きたい。今、コンピュータは何に利用されているかを。

医療分野でのコンピュータ利用は目覚ましい。集中治療室などの危険な患者を扱う個所 には、コンピュータで重装備された医療機械が並んでいる。医師や看護婦が患者の状態を 見ているのはもちろんだが、多くの部分を医療機械に頼っている。これらのコンピュータ の内蔵された医療機械の助けがなければ、今の高度医療は成り立たない。

集中治療室を出て、放射線科へ行ってみよう。昔はレントゲンがあったくらいだ。昔は、 放射線科というと花形ではなかった。それが、CTなどに代表される、高度にコンピュー タ化された装置で、人間の体内を色々な方法で視覚的に捕らえられるようになった。超音 波を利用して、生まれてくる前の胎児の様子も詳しく分かるようになり、出産に先だって 色々な対策が立てられるようになってきた。

これらの医療機器には、画像処理という、コンピュータでは最先端技術が使われている。 だから、これらの医療機器は決して安くない。画像は鮮明になればなるほど診断の精度が 上がるであろう。だから、技術競争が大変激しい分野である。

血液検査、尿検査なども様変わりした。臨床検査技師が、試薬を入れて1つずつ検査を する時代は終わってしまった。大病院ならば、採血したら、あとは機械が血液中の成分を 分析し、結果は医師が診断する時に、画面の上に表示される。とても人間がやっていたの では、こんなに早く結果を求めることなどできない。

入院患者の薬を準備するだけでも大変だ。巨大病院ともなれば、千人以上が入院してい る。各人の薬は、コンピュータが選び出し、袋に詰め込み、袋の上に名前を印字する。

病院、特に大きな病院になればなるほど、コンピュータとは切っても切れない関係にあ る。最先端の医療分野では、医師とコンピュータが共同で手術を行なうような研究も検討 されつつあるようだ。

交通機関はどうだろう。飛行機には自動操縦機能がある。もちろん、コンピュータが飛 行機を制御しているのだ。こういう機能が充実している飛行機のことを「ハイテク機」と 呼ぶ。しかし、名古屋空港で中華航空のエアバスA300−600R型機が墜落し、乗員 乗客264名が死亡したのは記憶に新しい(1994年4月26日)。

この事故は、操縦士とコンピュータとの操縦権の取合いが原因だとされている。結局は 飛行機の操縦権をコンピュータが握っているにもかかわらず、操縦士が操縦権があると思っ て操縦しようとしたためである。操縦士の誤解による墜落ではあるが、それだけの問題で はない。操縦士がいくら優秀で十分な訓練をしたからといっても誤りは犯す。だから、操 縦士が誤りに陥っても、誤りに気付かせるように、あるいは少なくとも、誤りに気付き易 い設計をすべきであったことだ。ただ、どのようにすべきかは難しい問題だ。

そもそも、操縦士と自動操縦装置と、どちらが安全に飛行機を操縦できるかという根源 的な問題がある。今では、通常の状態では、明らかに自動操縦装置を使った方が事故率は 低い。しかし、飛行機だって機械であり、あちこち壊れるのは仕方がない。エンジンの1 つや2つ停止したって直接墜落に繋がる訳ではないらしい。しかし、異常状態に対して、 どこまでプログラムが対応できるのかは、プログラムを作る時にどこまで考慮したかによ る。操縦士も含めて問題を起こすのであるから、そこまで対応しないといけないが、考慮 されていないことに対してはプログラムされていない訳で、そういう場合はどうなるか分 かったものではない。しかし、飛行機の自動操縦の信頼性は、墜落事故という授業料を払 いながら着実に高まっている。

飛行機だけではない。列車だって、どんどん自動化されている。運転手や車掌を駅に置 き忘れて走ってしまうくらいだ。

自動車だって、いっぱい使われている。私なんか、一応コンピュータ技術者の端くれだ から、コンピュータがエンジンの制御などしている車に乗っていると、背筋が寒くなるよ うな気が弱冠はしてくる。

交通機関を利用する限り、コンピュータの制御下に身を置いているといっても過言では ないだろう。

医療機器や交通機関は、トラブルが即生命の危険に結びつく。それも、原因の殆どはプ ログラムに起因したものばかりだ。こういう機械を信用するかどうかは、結局はプログラ ムを信用できるかどうかだ。

プログラムを作るのはプログラマである。だから、プログラムの品質は、プログラマの 品質に比例している。これこそは、下手糞なプログラマがプログラムを作ったならば、そ の機械はどんなことをしでかすかも分からない。色々検査は行なわれていようが、下手糞 なプログラマにプログラムを作らせることは、結局は殺人鬼を飼っているようなものだ。

一般の企業においては、直接人間の生命の危険にかかわることは少ないだろう。しかし、 下手なプログラムのために企業が損害を被ることは大いにある。だから、会社の生命の危 険は十分に犯してくれる訳だ。

プログラマも人間である以上、過ちや失敗を起こすことはやむを得ない。人間、失敗に よって進歩があるのだから、まあ、進歩のための授業料は必要であろう。しかし、まった くつまらぬことのために、無駄に授業料を払うことはないだろう。


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