目次次「不良CPUの交換に金を取る」 English

秘密主義


ソフトウェアの受注開発をやっていると、取引先が次に出す新製品の概要どころか詳細 まで分かってしまうことは多い。しかし、新製品の開発は、競争相手に見つからないよう にこっそり行ない、ガーンと強烈に発表しなければならない。だから、開発中は、どんな 製品が出そうかなど漏らす訳には絶対にいかない。まあ、開発中でどんな製品に仕上がる かも分からない段階から広告がどんどん先行してしまい、開発側が慌てることは良くある。 そして、結局、製品が出ないことも多々ある。

新製品開発などに関わった時、秘密主義の程度によって開発状況ががらりと変わってし まう。こちらの信用度とかもあるのだろうが、非常にオープンな会社と、まるで秘密結社 みたいなところがある。少なくとも、オープンだと一緒に仕事をしているという意識が高 まり、仲間意識ができ、情報交換もスムーズになる。

その反対に、がんじがらめで、開発に必要最低限の情報すらしぶる会社もある。もっと 酷い場合には、必要最低限の情報も機密事項になるので出せない、ということもある。こ うなると、暗中模索しながらプログラムを作ることになる。普通の仕事なのに、何だか暗 号解析でもやっているような状態に陥ってしまう。

機密事項の部分を出せば、開発は非常にスムーズになり、でき上がる製品の品質も向上 することが担当者に明らかでも、「会社の方針」ということで秘密になってしまうことが 多い。本当に必要な部分だけを秘密にし、それに関する個所は完全に社内で作成するとか すれば良いのだが、疑わしきは全て秘密にする傾向がある。

機密の程度や範囲を決めることは非常に難しい。万一競争相手に漏れてしまっては、折 角の研究開発投資が無駄になってしまう。しかし、全てを社内スタッフで開発するのは容 易ではない。

かなり昔になるが、フロッピィーディスクドライブを制御するプログラムの開発を請け 負ったことがある。今なら秋葉原へ行けば簡単に買える物で、わざわざ開発する人もいな いであろう。ある装置に、そのころはまだ非常に珍しかったフロッピーをつけて動かすた めに、フロッピーの部分だけの開発受託である。

これは小さな仕事である。そんなに難しいところはないし、特別変わった仕事ではない。 幸い社内にこういう関連のことに長けていたのがいたので、実作業は全て彼がすることに なり、現場である取引先の工場に行くのは普段は彼一人である。

しばらくすると、彼が不安がりだした。
「この装置が何に使われるのか、全然教えてくれない。だから、どのくらいの信頼度を 考えて仕上げれば良いか分からない」
と悩んで相談に来た。フロッピィーディスクドライブだから、コンピュータの記憶装置 としては極めて一般的な装置である。その利用が何か特定の分野で使われるのか、あるい は秋葉原みたいなところで不特定多数を相手に売られるのか、それによって設計も異なっ てくる。頻繁に故障しても笑って済ませられるものから、万一故障が起きると生命が危な くなる場合まで様々である。

しかし、取引先は、仕事に必要な最小限度のことしか教えてくれない。これでは、開発 担当者は不安である。何とかしなければということで、私が一緒に工場まで行った。

工場の入り口で登録してから、担当者の机のわきを通り、一番奥の会議室で打ち合わせ を行なった。会議で適当に聞き出すつもりだったのだが、実は担当者の机のわきを通った 瞬間に全て分かってしまった。設計図が机の上に広げてあり、その大部分は他の用紙で隠 されていたのだが、その装置の特徴的部分がつい見えてしまったのである。だから、会議 では適当に挨拶だけをして帰った。

ある種の店に置く装置で、一度の売り上げが数千円の商売の売り上げを管理する装置で あった。何も隠す必要はないではないか、隠すこと自体が不思議でならなかった。

これで全てが分かり、彼も安心して仕事に励み、予定通りに納品できた。

これからの時代は超LSIだと世の中が沸いていた、はるか昔の話である。ある超大手 企業での超LSIの研究に参加したことがある。企業は何百億円もの投資をする訳である。 その中の、超LSI製造装置という、一番核心の装置のプログラムを作っていた。やって いる仕事が仕事だけに、相当の部分が秘密であって当然だと思ったのだが、意外にも秘密 らしい部分は少ない。聞けば殆ど教えてくれる。大変働きやすい職場である。

もちろん、何でも全て公開という訳ではない。超LSI製造装置を動かすプログラムを 作っている訳だから、当然のことながら性能の限界が分かってくる。しかし、この性能の 限界こそが極秘事項なのである。全世界の半導体メーカーで、この性能の限界に挑戦して いるのであるから、それに関連する数値は関係者以外誰に漏らしてもいけない。しかし、 プログラムを作ったり、機械を動かしたりするには、最も重要な数値である。それで、
「これらの数値だけは絶対に秘密にするように」
と何度か言われた。これらの数値は、NHKの『電子立国日本』で殆ど紹介されてしまっ たようだ。もう、あまりにも古いことなので、私は数値自体を全然覚えていない。

こういう風に、スマートにやってくれると、受託している方も、やりがいを覚えてきて、 良い物を作ってあげなくてはと思う。

この本には、随分悪口を書いている。その他にも、私は本や雑誌を書いていて、本書と 同様にあちこちの悪口を書いた。ただし、原則として、どこの誰だかは分からないように、 これでも気を使っている。

いつも、基本的にはコンピュータの技術的なことを書くのであるが、色々分析している うちに、技術的なことより、心理的なこと、人間的なことへ関心が行ってしまう。しかし、 人間は結局はそういうことに興味があるようで、結構反響がある。

「うちの会社の批評を書いてください、それも実名で」
と言われることがある。こういう会社は、秘密主義は絶対に取らない。仕事も大体やり 易い。そして、相手のレベルも高く、良いことしか書くことがなく、記事としての価値が ない。

仕事が終わろうと、会社を辞めようと、業務上知り得た秘密を公開するのは守秘義務に 違反する。本来の秘密以上に、どこの会社がどのくらい上手か、あるいは下手か、技術水 準はどの程度かということは、その会社の生命にも関わることなので、社名は全部伏せて ある。世間の評価と本当の実力との間に著しい隔たりがあることも珍しくない。

秘密の扱いは本当に難しい。一つ間違えば「秘密漏洩」になるし、あまり秘密にしてい ると仕事に差し支える。

インターンシップ体験記


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