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本は信用できるか


コンピュータについて分からないことがあったり、新しいことを知りたくなったら、雑 誌や本を見るだろう。本の場合には、よく売れている本とか、有名な人が書いた本とかを 買おうとするであろう。有名とは、いっぱい本を出していることを意味するであろう。

しかし、これには大きな誤りがあることが多い。

まず、たくさん本を出している人だが、けっこう危ないのがいる。良く知っている人が 本を見ると、著者の能力とかが分かってくる。量は書いているので、文章的にはうまい人 が多いのであるが、実際にどの程度コンピュータを使いこなしているか怪しいことがある。 殊に、プログラムの作り方の本には怪しいのが多い。実務に堪えるようなプログラムを書 いたことがないのではと思わせる著者が少なくない。執筆プロだが、プログラムのプロで ない人が結構多いのだ。

そもそも、本という非常に限られた紙面で、業務で使うようなプログラムの説明をする ことは難しい。せいぜい概略を述べられるに過ぎない。多くの本の場合、総花的にできる だけ多くのことに言及しようとして、非常に小さな、説明のしやすい単位のことばかりに なりがちである。ひどい本になると、書かれている方針に従いプログラム開発を行なうと、 プログラム開発そのものが空中分解することが必至のものもある。どうも、プログラムが 作れないから、本でも書いているのではないかと思われる者がいる。

良い本、悪い本、あるいは良い著者、悪い著者を何とか読者に知らせたいと思い、参考 文献1の拙著の付録で言及した。つまり、実際に出版されている本に対して、本の評価と 著者の評価を試みた。良い本は良い、悪い本は悪いとはっきり書いた。色々なコンピュー タ雑誌に、新刊紹介やら書評が載っている。しかし、回りくどく、結局何を言っているの か分からないようなのが多い。文芸評論などでは、著者を完全に馬鹿にしてこき下ろして いるものが多数ある。あそこまでやれとは言わないが、今のコンピュータ関連図書の書評 は馴れ合いと思う。

以上は図らずもプログラムを書く人、プログラマへの話になってしまった。

非常に有名な大学教授で、いっぱい本を出している人がいる。よくもこんなに書けるな と思う人であるが、偶然その理由が分かってしまった。結局、書いていなかったのだ。

前いた出版社で、その先生のテレビのパソコン講座のテキストを作ることになった。本 来は私の仕事ではなかったが、ある日から私の仕事に突然なってしまった。本を作る訳だ から、原稿とまではいかなくても、方針とか希望ぐらいは出てくると思っていた。しかし、 テキスト発売まで、一切の指示は出てこなかった。

内容は、編集部で適当に検討し、原稿とプログラムを全部作る羽目に陥ってしまった。 テレビ講座の方は、あまり無事でなく終わった。まあ、あれでは、視聴者の方が可愛そう である。早く終わって良かった。

その先生と私の仲間が共著で本を出したのを後で知った。聞いてみると、仲間が全部書 いたそうだ。「またやったな」と思った。

まあ、コンピュータ出版業界では、そういうことで有名な先生である。しかし、世間で は有名であり、近年のコンピュータの普及には結構貢献していることも確かである。学術 的にどうかは、私は良く知らない。

そうかと思うと、決してそういうことはなさらない大学教授もいる。大学の研究室の輪 講に、私は学外スタッフとして加わっていた。有名な洋書であり、その翻訳は学術的にも 評価に値するので出版することになった。こういうときに、超有名な大学教授に監修になっ てもらうことは良くある。まあ、その方が売れるからだ。それに、輪講をしていた研究室 の教授でもある。

本ができ上がったので、打ち上げパーティを行なうことになり、大学の近所の日本料理 屋で行なうことがインターネットを通じて関係者に知らされ、私ものこのこ出かけていっ た。実は、輪講の参加者が各所に散らばっていたので、翻訳、編集作業もインターネット を通じて行なわれた。

翻訳本であるので、監訳者は訳者まえがきがあったが、監修者の教授は何もしなかった。 本当の名前貸である。実質的な貢献と言えば、教授の顔で有名な出版社を引っ張ってきた ことだろう。それで、弱冠の監修料が支払われたのであるが、受けとらず、全て打ち上げ の酒代にしてくれた。あまりにも真面目で、頭の下がる思いである。

この教授は、コンピュータの応用技術では世界第一級のレベルであり、日本の産業界は もとより、世界の学会をもリードしていることは良く知られている。教授の発言は、研究 室では「神の声」とか呼ばれていた。皮肉も少なからず入っているが、本当に神様である。

コンピュータの世界では、第一線でプログラムを開発している人は非常に忙しい。だい たいが開発競争に巻き込まれており、じっくりと本を書いている暇がないのが普通である。 また、実力があり、有名にもなってくると、執筆依頼が多数の出版社から押し寄せてくる。

知り合いの一人に、インターネットに極度に詳しい技術者がいるのだが、彼の所に執筆 依頼が集中砲火のようにやってきたという。私にも来たが、「私は不適任です」といって、 彼を紹介したから、ますます集中した。インターネットの本は、出せば売れるということ で、様々の出版社が、手も替えず品も替えずに出版を試みている。内容的に大した本は殆 どないので、読者はよくよく注意して買うべきだと思うが、出す方の節操のなさは凄まじ い。

諸外国には、良い本が出版されるような制度がいっぱいある。たとえば、大学では、教 科書を書くためには十分な時間を割くことが許されている。良い教科書、良い参考書を作 ることは、その本の読者の能力アップに繋がる訳だから、社会全体のレベルアップにもな る訳で、非常に重要なことである。どんな優秀な先生が講義をしたって、その講義で直接 指導できる生徒の数には限りがある。それに比べて、良い本が出て、それを読んで力をつ ける人が出れば、その影響は大きい。しかし、日本では、大学の先生でも、本を書くのは メインの仕事になることは殆どない。

私は職業柄、しばしば本屋のコンピュータ書籍コーナーに行く。しかし、近ごろそこで 感じることは、どうしてこう似たり寄ったりの本ばっかりなんだろう、ということだ。同 じ内容を、手も替えず品も替えずに出しているのが多い。新しい分野の情報は役に立つが、 十番煎じも多い。もう少しは、思想とか方針とかはないのだろうか。

一番多いのが、対象としている分野を網羅的に紹介しているものだ。こんな本、各分野 毎に数冊もあれば十分だ。それより、読者に伝えたいことを絞り込み、読者に新しい考え 方を伝授しようというような本が欠乏している。

しばしば書いたように、私は、プログラマの下半分のレベルの人は全然いらないと思っ ている。それと同様に、コンピュータ関係の専門書の著者の下半分は不要だと思う。もっ ともっと第一線の人に本を書いて欲しい。さらに、優秀な人にこそ、初心者用の良い入門 書を書いて欲しい。高度な専門書は学術的には価値があるが、真の啓蒙活動はもっと重要 である。高い知識を持ち、初心者の誤解や悩みをも理解した上で書くことが、最高レベル の著作活動だと思うが、どうだろう。

さらに、コンピュータの技術者にこそ、コンピュータ社会の話をして欲しい。ジャーナ リストがいくら取材して書こうと、内部から見たことにはならない。コンピュータを操作 するためだけの情報しか載っていない無味乾燥な本ではなく、コンピュータの持つあらゆ る面、犯罪、金儲け、友情もあれば喧嘩もあり、狐と狸の化かし合い、生活臭さプンプン の本こそ、本当のコンピュータの姿が伝えられる。

この本を書いている理由もここにある。だから、今までにコンピュータ技術者として私 が経験したことを、コンピュータの知識がなくても理解できるように試みている。上手く 伝わっていなければ、私の文章力の不足だ。縦書きにしているのも、より多くの人に読ん でもらいたい、より多くの人に知ってもらいたいからである。

本の購入を考える時、何物にも捕われず、本屋でしっかり立ち読みをして検討し、自己 の判断で買えるようになって欲しい。それができないのなら、十分信頼のおける人の推薦 などを利用されるのが懸命であろう。コンピュータ関連書の忌憚のない書評でも出るよう になれば、参考にされるのも良い。

本の中には、ろくでもないのが少なからずあることだけは肝に命じておいて欲しい。発 禁にしたいような無茶苦茶が書かれているのさえある。

インターンシップ体験記


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