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懸賞問題の選考方法

1995年11月17日

もう何十年前のことであろうか、パソコンという言葉もなく、マイコンとい う言葉だけがあり、ワープロも無かった時代の話である。きっとみんなは生ま れていまい。

そういう古い時代に、マイコン雑誌といわれるのが4誌だけ出ていた。4大 誌と言われていたが、実際によく売れていたのは2誌だけであった。しかし、 雑誌の数が今のように、絶対に本屋に置けないくらいある時代とちがって、上 位2誌は良く売れていた。

そんで、その2誌のうちの1誌に、懸賞問題を毎号出すコーナーがあった。 今も脈々と続いているかどうかは全然知らない。とある偶然のきっかけという か、しょうもないきっかけというか、やむなくというか、そのコーナーの出題 者をやる羽目に陥ってしまったのである。

まあ、問題自体は、あまり難しくしてはいけない。ちょっと勉強すればでき る程度にしていないと、応募者が減ってしまうのである。当選者の定数に足り ないようではいけない。本当は『さくら』を使えばいいのだが、根が正直なの で問題のレベルを調整して、応募者数をコントロールしていた。

応募は葉書に答とともに、住所、氏名などを書いているのである。当選者発 表では、氏名と都道府県をのせていた。でだ、応募者の分布は、当然東京中心 に滅茶苦茶集中しちゃっている。でも、これでは「全国的」というイメージを 出すことができない。だから、地域別に分けて、各地区から当選者を出そうと インチキをしたんである。東京地区の場合、極めて低い当選確率になっていた が、まあ応募者は知らなかったのであろう、何度も何度もしょうこりもなく葉 書を出してくるのが後を絶たなかった。

もちろん、女性優先であった。全部の葉書のなかから、女性あるいは女性ら しい名前を探すのである。女性が過半数とかになってしまうと、まるでインチ キをやっているように見えるので、女性がチラホラという程度に調整をしてい た。でも、当時、女性でマイコンをやる人は非常に珍しく、まあ、女性なら正 解さえしていれば無条件で当選することは良くあった。

まあ、だいたいこんな風にして

当選者の選考は厳正に行われていた。

・・・というわけで話が終ったのでは読者の期待に反するであろう。

ところで、試験の採点をするのに、試験官が採点が面倒になり、答案用紙を バサッと投げて、一番遠くへ飛んだのから良い点数をつけた、なんて話を聞い たことはないだろうか。

実は、こういう選考方法を、一生に一度でいいからやってみたかったので、 実際に実行しちゃったのである。

まず、応募で来た葉書は、編集部の特定の棚というか枠というか箱の中に溜っ ていて、そろそろ原稿をまとめなければという時期になると、編集部へ出かけ ていくのである。

編集部の中で書いても構わないのであるが、編集部の近所のマンションの中 に技術部があり、私はだいたいそこに常駐していた。一時は、編集の人間など も場所がないので、そのマンションに同居していて、狭くて困ったものだった が、編集が他のビルに移り、技術部専用ということになった。こうなりゃ、お 互い良く分かる人間ばかりである。

さすが、名前だけでも編集部とか、出版社に入社して間もない社会人に、葉 書を投げて、遠くへ飛んだ者から当選にするなんてことは、いくらこの私でも 見せるわけにはいかなかったのであるが、もうそんな人間は、時々はやってく るが、普段はいない。

で、机の上だったか椅子の上だったか忘れたが、上にあがって、葉書を隣の 部屋めがけて思いっきり投げようとしたのである。だが、何しろ、考えるだけ で笑えてきて、皆で笑って、なかなか抽選会ができなかった。でも、最後はや っちゃったもんね。

こういう風にして当選し、その後、コンピュータの世界にドップリと浸かる ようになった人々がいたかも知れない。また、この落選により、コンピュータ をあきらめた人はいないと思うが、まあ、このように厳正に抽選は執り行われ ていたのであります。

このくらいの楽しみがなければ、出題者はやってられない!


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