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コアメモリは便利

1995年12月4日

今日は、本当は、他のところをアップデートしようと思ったのだが、休み中 に、ネットワークに繋がっている一部のコンピュータが使えなくなっているの で、またまたこのページを増やすことにした。

まあ、朝、会社に行ったら、ネットワークが変更になって、ネットワークの 一部の機能が使えなくなったなんてことは良くあるに決まっている。

昔、ある研究所に通っていたころ、マイクロプログラミングが変更になって いて、前日まで動いていた私のプログラムが動かなくなっていた。しかたがな いので、マイクロプログラムにパッチを当てる(パッチワークのこと)方法を 教わって、パッチを当ててから毎度動かすなんてこともしたことがあった。

さて、その同じ研究所で、超LSIなるもの、超巨大な集積回路を作るとい う大企業の利益のかなりを投資して研究するというプロジェクトがあった。も ちろん、通産省指導の、「超LSI国家プロジェクト」である。このプロジェ クトの末席の末席の末席あたりで私も作業をすることになった。

さて、超LSIを作るには、当然コンピュータを利用する訳である。これか ら超LSIを作ろう、研究しようという訳であるから、超LSIなんて有る訳 が無い。今から17年位前の話である。

研究所には、16ビットのコンピュータが、集積回路関係を研究している建 物の1階に置いてある。16ビットのコンピュータと言っても、初期の98な んかを想像してもらっては困る。幅3〜4m、高さ2m、奥行1m弱くらいの とんでもない大きさである。これで、初期の98より遅いCPUがついていた 筈である。

このコンピュータ、当時のミニコンとしてはかなり高性能な方で、なんと2 56KBものメモリを積んでいた。そして、このメモリが、「コア・メモリ」 なのである。

コア・メモリを見たことの有る人間は、相当の年寄りであることに間違いは ない。まして、コア・メモリを使用しているコンピュータを使った経験者は、 もはや化石に近い存在だろうか。そう、私も、進歩の早いコンピュータ業界で は、そのくらい古い人間になってしまった。

そのとき使っていたコンピュータの入力装置は、

紙テープが基本

であった。船を見送るときに使う紙テープとは違う。「鉄椀アトム」に出て くる、紙テープを見ながら、「フムフム」とその内容を理解している、あの絵 の中にしか、もはや存在しなくなった紙テープである。

この紙テープの読み取り装置、大変な高速であった。毎秒数メートルもテー プ上の穴の有無を調べながら読み進むのである。毎秒数メートルとは、もし、 この紙テープが肌に当たったら、スパッーと切れてしまう速度である。つまり、 滅茶苦茶危険な装置なのである。用心してきちんと使わなければ、コンピュー タに、「たわけ者め!」と、バッサリ斬られてしまう訳である。

超LSI装置を動かすためのプログラムが、長ーーーーい紙テープで行われ ていたというのは情けないような気がするであろうが、しかたがないのである。 当然、紙テープであるから、時々は切れたりもする。そういうときに、切れた 紙テープを繋ぐための道具が置いてあった。まあ、オープンテープを繋ぐ道具 と似たようなものである。

プログラムを使い始める前に、紙テープから磁気コアにプログラムを読み込 まないといけない。これが結構面倒なのである。この面倒くささが少しは分か って頂けたであろうか。

磁気コアというのは、ビーズと同じ位の大きさの磁石の輪を、タテ糸、ヨコ 糸、ナナメ糸の3種類の電気の流れる糸で編んだものである。といっても、良 く分からぬだろうから、本物でも絵で見せようかと思ったが、もはやそのよう なものは持っていない。まあ、知りたい方は、古い本でも見て探して下され。

さて、コア・メモリのコンピュータは、このビーズ玉1つ1つに、1ビット ずつを記憶させておくのである。磁石が磁化されるのを利用しているので、一 度記憶されてしまうと、あとは電気が流れなくても記憶内容は変化しない。つ まり、帰る時に、バシッと電気を切ってしまって、次の日の朝、また、バシッ と電気を入れてしまえば、そのまま動くのである。

この、プログラムを読み込まなくても、前日の続きの作業が出来るというの は、当時としては画期的に便利であった。

このコンピュータは256KBのメモリを持っていたので、ビットに換算す ると、2048KBit、つまり200万個のビーズ玉でできていたことになる。

・・・とここまで書いて来たのであるが、何しろ余りにも古いことなので、 記憶はあまり定かではない。今までで、コア・メモリのコンピュータを使った のは、これが最初で最後であった。


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