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みどりの窓口、切符二重発行の謎

1995年12月27日

もう今年も残り僅かとなった。たぶん、今日が今年最後の「パソコン生活つ れづれノート」の書き込みになるであろう。

さあて、今回もずーーと昔の話である。私がまだ子供だったころだっけ、よ く覚えていないのであるが、いつの頃からか、『みどりの窓口』なる、コンピュー タによる国鉄の座席予約システムが動きだした。これこそ、コンピュータの最 も正しい使われ方の一つである。

でも、ときどき、新聞やテレビなんかで、同じ車両の同じ座席を2名に売っ てしまうことを報道していた。まあ、個人ペースでそうなったからと報道され る訳ではなく、修学旅行などの団体客などのダブルブッキングがあると、コン ピュータアレルギーを持った報道機関が、ワイワイと面白可笑しく伝えていた。

『みどりの窓口』に行くと、専用の変な端末が置いてある。これは、某H製 作所の端末なのである。つまり、国鉄の『みどりの窓口』は、某H製作所が押 えているのである。自動改札の方は、京都の御室山が押えている。

今の端末は、確か2機種あって、順次交換の最中だとか先日の新聞に出てい た。新しい端末のソフトを入れ換えたら、一方の端末の方でのみ発券ができな くなってしまった、との記事であった。

これから書こうとしているのは、もっともっと古い端末についての話である。 薄いアルミの板のようなのがあって、穴がずらっと並んでいた。それらが何枚 も綴じてあって、ノート状になっておった。そして、各ページの穴が、特定の 駅を示したりとかしていたわけで、そこに「ペグ」とでも言おうか、ちいさな 棒状のものをつっこんで操作していたのを覚えているだろうか。

で、この端末側のソフトウェアを、昔々私がいた末流ソフトウェアハウスに、 下請け、孫請け、曾孫請け、玄孫請け‥‥の形態で発注が来た。私が担当では なかったのであるが、「切符の2重発行の謎」にだけは異常な関心があった。

それで、センター側のコンピュータと、各端末がどういう風に情報をやりと りして切符の発行をするのかの説明だけを受けた。すると、

えっ、それじゃ2重発行になっちまうじゃんか

というようなずさんなデータのやりとりをしていたのだ。

だれが考えたって、端末から客の要求をセンターに送り、センター側で確認 し、その結果を端末に返す、と思うであろう。だが、全然違ったのであった。

まるで、TV放送のごとく、センター側から現在の空席情報を、全ての端末 に向かって流しているのであった。俗に言う、

垂れ流し

によるデータ送信である。端末は、そのデータを拾い、端末の側だけで客の 要求にあった席の発券をしてしまうのである。そして、センター側に向けて、 発券した由のデータを送るのである。

センター側は、その場ですぐにデータを更新しても、そのデータが塞がって いるよ、ということは、次の送信のタイミングまでは、どの端末も知らない訳 である。だから、その間に、何処かの端末で同じ席の券を売ってしまって、ト ラブルになることは

仕方が無いんだ

これが、修学旅行などの団体同士だったら、新聞記事になったりして、世間 に話題を提供していた訳だ。

もちろん、この2重発行、困ったことではあるが、『みどりの窓口』が始まっ た当時のことを考えると、やむを得ないと思ってしまう。当時の大型コンピュー タなんて、今ではだれも触りたくもないような、やっとWindowsが動く程度の パソコンの能力すら無かったのではないだろうか。そういうちゃちなコンピュー タを使って座席予約システムを作ったのであるから、まともにデータをやりと りしていてはどうにもならない。まあ、やむを得ない妥協の産物であろう。

修学旅行などの大型の団体客についてのみ予約方法に注意すれば、列車の緊 急手配なんてしなくて、そして新聞沙汰にならずにすんだのではないだろうか。 システム開発より、できたシステムの運用の方に問題があった、と言えよう。

もちろん、今は、ちゃんとデータをやりとりして、きちんと発行しているん だろうと思う。もう、コンピュータの性能も充分にアップしているのだから、 そういうことは全然困難ではない。もし、今でも昔みたいな方法でやっていた ら、大馬鹿者である。


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