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1996年 新春の戯言

1996年1月4日

思い起こせば、去年の8月、何を血迷ったか、寄る年波も忘れて、HTML などというハイパーとかいう文章の書き方の勉強を始めてしまった。その書き 方に従うと、インターネットでホームページを作って、個人でも情報発信が出 来るという口車に載せられて、8月末に情報発信を細々と始めた。

まあ、今でも細々とやっている訳であるが、それでも約4ヵ月の間に、多く の奇特な、殊勝な、あるいは暇な方々が覗いてくれている間に、アクセスも次 第に増えて、もうすぐ10000アクセスになってし まう。こんなことになるなんて全く考えなかったのであるが、やっている本人 が考えもしないような発展などを遂げてしまうのがインターネットというもの なんだろう。

情報発信もさることながら、情報受信も随分やってみた。今情報発信してい るサイトからはもちろんのこと、あちこち、他のサイトへ出かけていって、つ まり、より素晴らしいインターネット環境のところでインターネットサーフィ ンを楽しんだりした。

それでつくづく感じたのであるが、結構通信が遅いのである。128Kとか192K の専用線で繋がれているようなところからやっても、結局、秒2〜3KB程度の 速度しか出ないところが殆んどであった。これは、28800でアクセスしても充分 な速度な訳である。

無い知恵を絞って考えてみたのであるが、これは線が太いだけでは全然ダメ であって、その下でどのくらいの利用者がいるかで全然違う訳である。例えば、 東京大学なんか太い線で繋がっている筈であるのだが、結構遅くて、酷い時に は「時間切れ」が出てしまう始末である。さすがこれには東大も対策をするよ うで、平成7年度中に学内のネットワークが強化されるとかいう話が伝わって きた。

私のような、極々一般の素人にとっては、どこかのプロバイダに繋いでイン ターネットを利用させてもらうことになる訳である。そして、そのとき、より 安く、より速く、より安定していることが重要なんじゃないだろうか。まあ、 ダイアルアップしようといくら試みてもなかなか繋がらないところもあるらし いが、そういう所は問題外である。

まあ、いちおうちゃんとしたサービスが欲しいから、それなりの金額は払っ ても構わぬとは思っているが、同程度のサービスなら安いにこしたことは無い。

インターネットマガジンの 「商用ネットワークサービスプロバイダ接続マップ」 を見ると、なかなか面白い。まあ、大都市、特に東京にいる場合には、接続 先はかなり自由に選べる訳であるが、どのプロバイダに繋ぐと、インターネッ ト散歩を行うときに有利かは大体見当がつく。

このマップを見て驚くのは、 かなり多くの商用プロバイダが、64Kの専用線でしか繋が れていないことである。こういう下に入って、いろいろやろうとする と、言うまでもないことであるが、辛抱強くなければならない。子、孫、曾孫 がいっぱい繋がっていたりすれば、それに対応するように線が太くなければ、 細い線を皆で共同利用することになる訳であるからにして、皆さんが想像する 通りになる訳である。

日本は、まだ電話料金がめちゃんこ高い。遠距離になると、とんでもない金 額になってしまう。この辺が次第に解決できなければ、これからは情報化社会 だとかと政府や国会などでいくら叫んでも虚しいだけである。早急に国際レベ ルにまで下がらなければ、高度情報化社会だなんだという叫びが根底からガラ ガラと崩れていくんだよな。まあ、日本自らの手で、このあたりが改革される ことを期待するのは難しいので、せめてアメリカの圧力 ででも構わないから、回線料金が下がって欲しい。

さてと、去年は、インターネットで世間が浮かれ始めた年であった。中身が 無いままに浮かれ続けておったが、まあ今年は浮かれ続けるのは無理で、そろ そろ中身のあるところと、中身のないところとの選別が始まり、 落後者が出始める年 であろう。もちろん、これは、さらなるインターネットの発展がある以 上、当然起こりうる、ごく自然な社会経済現象に過ぎないから、まあ気にする ほどのこともない。

私個人としては、また、詰まらぬことを書き足していくだけである。


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