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バブルははかなし

1996年1月23日

世を騒がせたバブルのつけは重く、これから国会で充分騒がれなければなら ない。今までは住専に天下りしておった官僚共が、この騒ぎ以来、誰一人とし て住専を天下り先に選ばなくなったそうである。

まあ、これでバブルの後始末が全て片付くのならいいのだが、まだまだきっ と後があるだろう。

さてと、コンピュータの世界でも、どうしようもない下手糞なプログラマ、 いない方が良いプログラマを月100万円以上の単価で雇うというバブルがあっ た。まあ、この不況でそういう手合いが一掃されれば、この不況は、世の中の 安全に非常に貢献したといえるであろう。

でも、今回のバブルは、その、嘘っ八景気のバブルではなく、本当の「泡」 についてである。泡も泡、石鹸とかではなく、コンピュータなんだから、磁気 の泡の話である。そう、「磁気バブル」の話なのだ。

もう、磁気バブルのことを知っている人も少ないと思うので、当時のことを ちょいと書いて、歴史の傷を残しておこうと思う。

それは、もう相当前、今から14年位前だろうか、某FM−8というマシン に、1個32KBの磁気バブルを2個までつけることができるようになってい た。1個が、タバコの箱の半分位の大きさだったろうか。価格はかなりした筈 だが、なにせ、サンプルとして10個程メーカーの方から提供され、ソフト開 発用に使ってみた。

当時、磁気バブルは将来性があると騒がれていた。コンピュータ関係の本だ けに留まらず、科学関係の雑誌にまでその機構が紹介されてあったはずだ。フ ロッピーは埃などに弱いし、駆動のための装置が大きくなってしまうが、磁気 バブルは機械的な部分がないので、装置を小さくできる。また、工場などの埃 を始めとして、メディアを痛める諸悪に対しても非常に安全であるとのことで、 将来を嘱望されていたのである。

で、ソフト開発の途中で、更に優先してやらなければならない仕事がやって 来て、そちらをやってから、またソフト開発にもどった。その間は2ヵ月位だっ たと思う。

ソフト開発は、VAXが導入されたこともあり、クロス開発体制に移ってし まい、もう誰もバブルの存在を気に掛ける人もいなくなってしまった。

それからしばらくして、某S社のポータプルコンピュータ、もちろん得意の 液晶を使ったやつのお手伝いをすることになった。このポータプルコンピュー タは、海外用が主で、国内ではどのくらい出たのか全然わからない。

当時、ポータプルコンピュータ用の記憶装置の適当な物がなくて、磁気バブ ルを採用した。しかし、すでに、このポータプルコンピュータを作るときには 時代は磁気バブルを見捨てていた。

それは、どんどん切実な問題になっていった。すでに、磁気バブルを生産し ているメーカーは某H社だけになっていて、H社が供給した個数しかS社は生 産できないという余りにも悲惨な状況に落っこちてしまった。

もう、磁気バブルを使用している個所なんかないとお思いであろうが、実は、 みなさん全員が知っている有名な公共機関で使われているのであるが、私はそ の名を恐ろしくて言えない。そこでは、かのFM−11という名機に、磁気バ ブルが4個も装着できる装置を全国の支部に置いて、全国ネットワークを作っ ているのであった。

もう、こんな時代なんだから、普通のパソコンに全部を置き換えた方が良い のではということを皆が主張したのであるが、なにしろお役所的なところだか らそんなことはできないらしい。うーん、あれが壊れたらニュースになるのか なあ、と思ってテレビを眺めていると思い出す。


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