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続コンピュータ室が洪水だ

1996年2月6日

私の今住んでいるオンボロ住宅の天井には大きなシミがある。これは、雨漏 りの跡である。ちょうど雨がポタポタと落ちて来るあたりが私が寝る定位置で あった。

なんでこんなことになったかというと、とんでもない民間の賃貸住宅に住ん でいるからである。昔は管理人がいた。大家は亡くなり、息子が相続したらし いんだが、京都の山奥で芸術に凝っているようで、まずは連絡が取れない。管 理人は大家の親戚であったが、夫婦喧嘩を派手に始めて、ついには分かれてし まい、双方共に出て行ってしまった。それ以来、この建物には管理人は不在の ままである。

それでも入居者が存在するのは、不動産屋がなんとかしているからであるが、 こんな面倒な住宅などどうでもいいらしく、できるだけ無視したがっている。 そういう訳で私の住んでいるところは、東京都文京区のスラム街と化している。

したがって、ビルの管理は滅茶苦茶悪い。間違えて住んでしまった住民達に より、大家、不動産屋を無視してなんとか生活の維持にこれ努めている。

‥‥‥こういう異常なまでに管理の悪いところでは、雨漏り、洪水当り前で ある。

さて、こういうところではなく、ちゃんとした会社の、ちゃんとした場所に あったビルのコンピュータルームでの話をしよう。

そこは、もう10年も前からイーサケーブルを引き回して、UNIXマシンを使っ ていたところである。Xウィンドウだけでなく、国産ウィンドウシステムであ るGMWなんてのも動いていた。SUNだけでなく、各種UNIXマシンが繋 がっていた。つまり、当時としては、極めて先端的なコンピュータ室であった。

このコンピュータ室は、某ビルの3階にあったのだが、雨が降ると問題があっ た。どういう訳かは知らぬが、雨が降ると、トイレにじゃんじゃん雨水が瀧の ごとく流れ込んで来ていた。でも、トイレの中のことだから、水がいくら流れ 込んで来ても大事には至らない。

このコンピュータ室には、もちろん窓があった。この窓が特殊な窓であった のだ。窓だから開く。でも、開いた窓を閉めるのは命がけであった。窓の横に ついていた取っ手は、窓を開け放したが最後、手が届かないくらい外に行って しまい、窓から身を乗り出さないと閉めることができない危険極まりない窓で あった。だから、取っ手に紐をつけて、この紐を引っ張って閉めるというアホ なことをしていた。

要するに、アホな窓に建築設計者がしてしまったのである。でも、この程度 ならまだ良かった。この窓は、特注の窓である。だいたい、下手でアホな建築 設計者というのは特注品を使いたがる。なにか変わったものを使って特徴を出 そうとする。

で、こういうことをすると、まず確実に発生するのが雨漏りである。このビ ルでは、窓に雨が降りつけるような場合、じゃんじゃん雨が室内に入って来た。 窓に当たった分が入るだけではない。窓枠をつたって、ビルの壁一面に当たっ た雨を集めて室内に送り込んでいるのではないかと思う程雨が流れ込んで来た。

こういうとき、コンピュータ室はパニックである。コンピュータは雨に弱い。 床にはテーブルタップがゴロゴロしている。イーサケーブルにいたっては、窓 側の空きを利用して部屋を半周させている。これらがどんどん水没していって しまう。このコンピュータ室では、大いに研究開発が行われていたと世間では 思われていたが、実は、風雨の日には、コンピュータ技術者たちが、バケツに 雑布やモップをもって走り回っていたのである。

私のイトコには3人の1級建築士がどういうわけかいる。その中の長老は、 木造建築の図書館を設計できる極めて珍しい人なのである。その人に、「ビル のデザインなどどうでもよい。とにかく雨漏りのしないのが欲しい」といった ら、「それは一番難しい注文だ」と言われてしまった。

私は、雨漏りがしなくて、電気、電話、ガス、水道に不自由しない程度の家 やオフィスが欲しいと思うのであるが、これが極めて難しい。最低限度を要求 しているだけなのだが、そんな無理を要求するなと皆は言う。


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