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続々捨てられる遺物

1996年4月30日

そろそろ、また昔話に戻ろう。この連休、ちょっと部屋のなかの掃除をやっ ていたら、やたらと古いものが出て来た。昔、TK−80とかでプログラムを 組んでいた頃のテープが出てきた。普通のカセットテープに、BASICコンパイ ラとか、その他もろもろのプログラムなどを録音したものだ。

さすが物持ちの良い私も、すでにTK−80とか、H68−TRといった初 期のマイコンは捨ててしまったので、歴史に残るこのプログラム類も、一大決 心をして捨てた。

これがどれほどの決心かは、その当時を知っている人にしか分からぬであろ う。ほんの数キロバイトの録音でさえなかなか大変だったのである。録音して も正しく再生できるかの保証すらあまりない世界。

それに、当時のマイコンは非常に発熱が激しかった。今のペンティアムに比 べたら、2MHZの8080なんてとっても泣けそうなくらい遅いCPUなの であるが、発熱量は膨大で、基板むき出しでつかっていても熱暴走するのはあ たりまえであった。

夏など、自分が扇風機にあたるのを我慢して、TK−80に扇風機を当てて いた。昔はクーラーとかもなく、マイコン購入までは一台の扇風機で夏を過ご していたのであるが、マイコンに扇風機を取られてしまっては、今度は人間が のびてしまう。

扇風機はその辺の電気屋でも売っているが、結構高いし、なにしろ邪魔にな る。そう思い、わざわざ中古のファンを買いに行った。で、なけなしの百円を 出して買って来た。やはり、当時でも電車賃の方が高かったような気がする。

そのファン、一応100V交流で動作するのであるが、裸の基盤の隣にまた 裸でファンを置くと、冷却はビンビンに効くようになったので熱暴走はしなく なったのだが、さすが、うるさくてどうにもならなくなった。そいで、そのへ んに転がっていたトランスを間に噛ませて、電圧をぐーんと下げて、つまりた らたらとしか回転しないようにして使うことにした。そのときのトランスが、 整理中のゴミの中から出て来たのである。まあ、これも捨てた。

さらにゴミ整理をしていたら、8080のマシンコード表が出てきた。厚紙の裏 表にニーモニックとマシンコードが表になって印刷されているやつで、確か昔 数百円で売っていたやつだったと思う。それとも、TK−80を買ったときに 一緒についていたやつかもしれない。これは、紙きれ1枚ということもあり、 まだ捨てていない。捨てがたいもんな。

そんなに古くはないんだが、7セグメントのLEDの各セグメントにスイッ チをつけて、押したスイッチに対応したセグメントが光るような玩具を子供に 作ってやった。けっこうこれで息子は作った当時は遊んでくれた。

これを作るのに、小さな基盤の上にLEDとスイッチを並べたんだ。まあ、 スイッチはあまり在庫がなかったので、秋葉原へ買いに行った。もちろん、ス イッチが一番高価である。少しでも部品点数を少なくしようという涙ぐましい 努力の末に、抵抗1本しか使わない回路を考案し、スイッチ8個、LED1個、 抵抗1本、それに乾電池で実現した。

が、何しろ扱い方が乱暴なもので、次々と線が切れてしまう。まあ、電池も 一緒に箱にでも入れてしまえば、そう簡単には切れなかったと思うのであるが、 もろに見えた方が教育的かと思って作ったのがアダになってしまい、夜家に帰 ると食卓にその壊れた玩具が乗っていた。そして、この玩具も、今回の掃除で 捨てられてしまった。

それから、こわれた電卓が出て来た。この電卓、壊れたとき、まあそのまま すてるのもしのびないと思い、中をみてみた。太陽電池がいかれてしまってい たので、代わりに単5の電池を繋いで使っていたが、妻がこんなの面倒とか申 して捨ててしまった。

その前に、HPの電卓が出て来た。HP−97だったっけ。卓上型の電卓で、 もちろん逆ポーランドのプログラム電卓だ。当時、20万円以上したような記 憶がある。この電卓で、8クィーンなんかのパズルもどんどん解いた。そんな に懐かしい電卓ではあったが、さすが管理が悪くて、キーのいくつかは反応し なくなっていた。磁気カードに記憶させるようになっていて、昔のカードを差 し込んだら、途中で止まって動かなくなってしまったので、なんとか分解して ことなきを得たが、そのあと、こんな電卓といって捨てられてしまった。

なんでこんなに次々と捨てられるかというと、山の手線の内側(都会)から ついに逃げだそう、つまり都落ちの引越しをしようというんで、片付けが進行 しているのである。

こうして、何もかも、次々に過去の懐かしい物が次々と処分されていく。今、 東芝の電気釜が次の候補に上がっている。この電気釜、すでに25年くらいたっ ている、何の細工もない超単純な奴で、まったくトラブルを起こさない。まあ、 取ってのプラスチックが老朽化しているくらいだろうか。コードは何度も買っ たり、作りかえたりした。そのコードが壊れてたので、妻は電気釜ごと捨てよ うかと強迫するので、コードをまた買って来るから、また25年くらいは持つ のではと思い、なんとか捨てるのを我慢させている。そう、良い電気釜は一生 持つのである。


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