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FORTRANとOTHELO

1996年5月21日

ずっと昔、マイコンでオセロゲームが流行ったことがあった。それより更に 前に遡る。じつは、家の中を片付けていたら、またまた恐ろしく古い物が出て 来た。FORTRANで書かれたオセロプログラムのリストである。

世の中には、FORTRANのプログラムを見るだけで、涙が出て来るほど懐かし い人もいるだろうし、今もFORTRANでプログラムを組んでいる者もいるであろ う。まあ、FORTRANのプログラムはこういう感じである。

このプリンタ出力なんて、当時のラインプリンタ出力としては相当奇麗な方 ではないかと思う。そうそう、このプリンタ出力は、かの有名な 電子技術総合研究所 で出力したものである。

当時、電子技術総合研究所は国会議事堂の裏にこっそりとあり、もう筑波へ の引越しも決まり、逃げ出すべき研究員は逃げ出す算段に忙しかったころであ る。そのころ、電総研に遊びに行こう、と誘われて、のこのこ出かけて行った。

一緒に行った人は、今の電総研の所長の田村浩一朗氏となにやら話していた。 それについては、私は全然覚えていない。しかし、研究室にあったPDPのマ シン(だったと思う)で、オセロをやらせてもらった。

テレタイプみたいなとんでもないキー入力装置で、ガシャン、ガシャンとキー を叩いて、自分の位置を指定すると、画面上にコンピュータが打ってくる。

最初はちょっと操作に慣れないので負けてしまった。2回目は慣れて、まあ なんとか勝つことが出来た。それで、何とか面目をたもつことが出来た。

上のプログラム、そのとき友人がとって来たものである。貰って来たのか、 盗って来たのか、そのあたりのことはよく知らない。それで、まあ、勉強でも せよということで渡されて、何とかアルゴリズムの解析も行なった。FORTRAN というのは、まあC言語などと比べると、なかなかアルゴリズムの面倒なもの を書いたり読んだりするのは大変である。

このプログラムの解析をした後、私も一応プログラマを目指していた頃であっ たから、つい、マイコンでオセロをするプログラムに手をつけてしまった。そ して、何と、アセンブラでコチョコチョとプログラムを書き始めた。そのとき のマシンがTK-80で、8080というショボイCPUで開始した。まあ、駒を裏返すルー チンとか、道具だてが揃ったところで仕事が忙しくなってしまって、ついに挫 折してしまった。そして、その残骸の手書きのアセンブラリストを発掘したの だが、妻にポイと捨てられた。


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