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絶対できないパズルのオンパレード

1996年8月12日

最近は、電車も、バスも、乗物に乗らない生活をしている。これも、東京と 言えども郊外で、郊外にいながら情報発信をしたり、パソコンで仕事をしたり という生活をしているためである。

しかし、昨日、家族で大都会渋谷に久しぶりに行って、遊んで来た。久しぶ りに東京に出ると、いろいろ買いたい物が各自にあって、なかなか大変である。

まあ、普段は、郊外から、ちょろちょろとネットワークセンターのコンピュ ータを経由して情報を得たり、流したりしている。それで、ちょっとJAVA なんてものを若干ではあるがやっているので、(といっても、また最近1ヵ月 くらいはJAVAに触っていない)、世の中の人々はどんな素晴らしいページ を、アプレットを用意してくれているのかと勉強がてらあちこちを捜してみた。

まあ、色々あるが、ただのデモみたいなのは見てもつまらないし、やはり見 るものの反応に応じてイメージが動いたり、何か芸をしてくれなくてはつまら ない。

で、いろいろ見ていると、今のところ、まあ評価に値するようなものは、ゲー ムとパズルしかなかった、というのが本当の感想である。ほんとうは、もっと 様々なことに応用できるのであるが、まだ利用のレベルは相当低いようだ。まあ、 始まったばかりの96年夏で、そういうことを言ってはいけないだろう。

ゲームもあるにはあるのだが、多くのものが、反応が悪くて、つまり動きが 悪くてゲームにならない感じであった。まあ、練習としてちょっと作ってみま した、なんてもんだから、まだそんなものであろう。

では、パズルはと思って、こちらも色々捜してみた。昔懐かしいルービック キューブも多数転んでいたが、使い勝手が悪くて使えないものとかが多かった が、こちらの ルービックキューブ の出来は抜群であった。多いに参考になるのではないかと思うので、解くに ここに書いておこう。

さて、パズルを捜すと一番多いのはルービックキューブではなく、「15パ ズル」と呼ばれる次のパズル、またはその変型である。

昔の15パズル
今の15パズル

左側のは非常に古い、私のパズルが入っている段ボール箱の底の方から見つ かったものである。多分、20年以上前に買って遊んだものであろう。実際、 表面に刻印されている数字も、使い過ぎのためか、はたまた時間がたちすぎた ためか、とにかく剥げている。

右のは、最近、左と同じパズルメーカーの「はなやま」が売っている、木製 デラックス版のものである。デラックスで木製なのはいいのだが、外枠の加工 が不正確で、ちょっとずれが生じてしまっている。

このパズルは、右下隅にある富士銀行の昔のマークに似た「はなやま」のマー クのついた駒を外して1駒分の空きを作り、その空きを利用してかちゃかちゃ と動かして、目標の並びにするものである。

最近WWW上でやたらによく見かけるのが、数字ではなく、絵を4×4に切 り、適当に、デタラメな順番に並べて、勝手に動かしてちゃんと絵にしなさい というものである。

このパズルは、パズル愛好家でなくても多くの人が知っているであろう。そ して、どういう場合に可能で、どういう場合に不可能かも多くの人が知ってい る筈である。

さて、この15パズルというのは、1878年にサム・ロイドが考案したも ので、たちまち全世界に広まったらしい。もちろんパズル考案者として有名な サム・ロイドは、下の図の左の状態(14と15を入れ換えた状態)から出発して、 右の状態に直しなさい、という問題を出したのである。

101112
131514
────→
101112
131415

パズル考案者とは意地悪なもので、だいたい不可能と分かっている問題を出 題して、皆が苦労しているのを楽しんでいるものである。

もちろん、これは不可能である。1回の入れ換えを行なったものは絶対にで きないことは簡単に証明できる。より正確にいうと、奇数回入れ換えたもの (奇置換)は絶対に不可能で、偶数回入れ換えたもの(偶置換)は可能である。

この証明は、数学の「置換」をちょいと応用すれば済む。そして、置換は、 行列式には不可欠のものであるから、理学部、工学部などでは線型代数入門と して大学1年で習う筈である。だから、この証明は大学1年生に十分できる筈 である。まあ、証明は各自で勝手にやってくれ。まあ、これもできなくて、 情報科学、情報工学をやりましたなんてこと言ったら嘘つきである。

しかしだね、この15パズル、あるいはその変型パズル(絵パズル)が、多 数WWWの世界には転んでいて、それも出題が絶対に不可能な奇置換の場合が 多く見受けられるのはどういう意味なんだろうか。

まあ、個人がちょっと作ってみましたなんてのは、まあ知らないんだ、それ ともわざと不可能なパターンを置いて、やってきた暇人の時間潰しに協力して いるのかと思っている。

しかしなあ、企業で、うちは技術が高いんだぞ、と堂々と書いていて、サン プルとして奇置換の場合を置かれていると、「厭味な会社」か「馬鹿な会社」 のいずれかしか考えられないのであるが、実際のところはどうなのであろうか。


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