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今日はホームページ一般公開1周年記念日

1996年8月30日

1年前に、やっとHTMLなる言語(?)を何とか操れるようになり、それでは 何かやってみようか、どのくらい出来るか見当もつかないし、自信も目論見も まるでないまま、「面白いかも知れない」ということで始まったのが本ホーム ページの始まりである。

それで、2、3日はHTMLなる言語との格闘をして、自分で作ったのを自分で 見るだけであったが、もちろんそれでは上達は決してしない。人間、なんといっ たってコミュニケーションが第一である。世間では、私も出来ない、君も出来 ない、だから一緒に落ちこぼれよう、という風潮が一段と強いこの頃であるが、 そういう風潮に乗って、私もこのくらい下手なホームページを作ってみました、 というのを公開したのである。

最初は、あまりにも恥ずかしい程度の内容であったので、会社や大学に残っ た仲間に知らせて、細々とやっていたのである。

ホームページを作成するためのツールも、特別なものは何も使っていない。 ほぼ全て無料のソフトを組み合わせているだけである。まあ、イメージがどう しても欲しい場合があり、そのときだけスキャナを使わせてもらって画像入力 し、あとはフリーソフトなどで加工するだけである。まあ、これ以上安直な設 備でホームページを作っている人間はいないのではないかと思われるくらい安 直なシステムである。

もちろん、これは今までに何回も書いたように、とっても貧乏で、おなじ貧 乏仲間の 長谷川氏 とパソコンの貧相さを競っていたくらいである。まあ、それでも、なんと か努力というか、意地というか、やけくそで作成すれば、ある程度注目され、 回線がパンクする程度のホームページはできるという実証をやってみようとし たのである。

といいたいが、回線がパンクする程になるとは、実は最初から思っていた訳 ではない。それは、某大手プロバイダ関連企業(本人から不正確とのことで、 「関連企業」の部分を追加)に勤める K氏 がJavaメーリングリストに私のホームページを紹介し、怒涛のようなア クセスが来てからである。

話が飛んでしまったが、本ホームページは、ふらふらと無計画に発展し、成 長し、混沌を極めてきた。最初は、趣味である折り紙、パズル、バックギャモ ンなど、遊びを中心に進めていこうと思っていたのである。

が、世間のコンピュータに関する書物を読んでいると、「著者はまったくの 阿呆ではないか、無知ではないか」とかはっきり分かるものとか、しっかり手 を抜いて作っているな、急いで発売するために滅茶苦茶慌ててドジがいっぱい つまった本だな、とか日頃思っていたので、ついそういう点に焦点を当てた真 面目な、正直な読書感想文(書評とも言う)を作ったのである。

Javaメーリングリストで、この正直な読書感想文が、どういう訳か 激辛の書評と紹介されてしまって、それ以来、読 書感想文のページを訪れる人は絶えることがない。

それから、まあ、『徒然草』を真似た訳でもないのだが、つれづれなるまま に、コンピュータ業界を引退しつつある年寄が、しょうもない昔話とか、その 他のさまざまな日常を、たいくつしのぎに書いたのが 『パソコン生活つれづれノート』である。

これに関しては、パソコンの話もある程度受けたようであるが、それ以上に、 世の無茶苦茶馬鹿なこと、例えば電気工事をしてもらったら家中の家電製品が 次々に壊れるようにしてくれたことなど、どんな冗談よりも現実の方が遥かに 笑えるということで読まれるようになったのである。

『パソコン生活つれづれノート』は、多くの人々が、今までの全作を読み切 ろうと、何時間も虚しい時間を費やしているようである。まあ、読みすぎて、 終電に乗り損なったとのメールとかもいただいたが、そんなことはこっちの知っ たことではない。

それから、JAVAの勉強を始めたのが1996年2月20日である。もち ろん、もっと前から始めたかったのであるが、諸般の事情というやつで、プロ グラムをする暇がなかったのである。年老いたとはいえ、まだ1つや2つのプ ログラミング言語は、1週間もすれば何とか使える程度の能力はまだ僅かに残っ ていると思って始めたのがJAVAである。

JAVAはまだまだ発展途上で、問題だらけの言語である。が、ホームペー ジで動くパズルを作るにはこれしかない、ということで清水の舞台から飛び降 りる気持ちでJAVAに挑戦し、たった数個の動くパズルを作ったところで体 力が尽き果て、今はパズルの問題を細々と作る程度である。

覚えが悪く、覚える気も無く、忘れることには絶対の自信がある身で、最近 はJAVAのプログラムをあまり作っていないので、もう100%忘れている 気がする。秋になったことだし、また勉強を再開しないと、どんどん惚けてく るような気がするので、またやるかも知れない。もちろん、パズルを作って、 全国民の暇潰しに協力しようというのである。まあ、下手で、いない方が良い プログラマの方々が熱心に働いて、バグを拡散するのを、パズルの世界に引き ずり込むことで少しでも防げれば、私としては本望である。

その他にも色々やってきたのであるが、まあ、やっては失敗、だれも興味が ないようなので止めよう、という感じであった。まあ、そんなこんなで、いろ いろ勉強に、経験になった。メールも、タレコミも多数あった。

私のホームページへのアクセスも、この1年間で大体年に100倍の成長率 である。100%の成長率ではなく、100倍の成長率である。月に直せば、 だいたい2ヵ月で倍のペースである。この成長率は、ふつうの等間隔のグラフ では示すことが出来ず、片対数グラフという難解なグラフを使用しなければな らない。

この成長率がこのまま何ヵ月も続くと恐ろしいことになる。今月の情報発信 量が約750メガバイト程度になろうが、年末には毎月3ギガバイト、もうT 1でも張らなければ対応できない日が近いのかも知れないが、そのペースで伸 びると今の朝日新聞のアサヒコムを追い抜くのも目の前ということになる。そ れで、ちょっと前からどうしよう、どうしようと苦悶しているだけである。

さて、過去は過去である。今、インターネットは急激に発展し、普及しつつ ある。普及を阻害しているのは、回線の増設などが要求に追い付かないことく らいであろうか。ろくなホームページもないのに、よくこれだけ急激に伸びて いるものだと感心する。

そう、そういえば、『あきれたページ』(2002/1/31閉鎖) を作ったら、ここも結構人気である。管理者の間では気にする人も大勢いる ようで、このページに載らないように頑張ってみます、というメールもやって くる。それから、わざわざ『あきれたページ』に載せろと、あきれないページ であるにも拘らず言ってくる輩もいる。たとえば、 レーシングカートである。

今までの1年はこうであったが、今日から始まった2年目は何をするか、そ れが問題なのである。もちろん計画は有る、といいたいが無いのである。世の 流れのままに流されていくのである。なあに、インターネットの世界、考えを まとめている間に全てが変化してしまうので、もう考えないことに決めている だけである。

それから、1周年記念プレゼントであるが、それはこれから書くのである。 期待して待っているように。


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