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懐かしのパソコンホームページ

1996年10月10日

今日は、祭日。東京オリンピックの開催日であり、体育の日である。だから、 コンピュータに向かうなんて不健康なことをせず、ちゃんとスポーツするなり、 散歩するなり、体を動かさねばならない。まあ、私は、ちょっと30分ほど散 歩はしてきたが。

今日は家族で楽しくと思ったが、息子は土日の学園際の準備で朝から出かけ てしまうし、午後から娘と妻は買い出しに行くはで、一人取り残されてパソコ ン遊びしているのである。まさに不健康の鑑。

さて、この「パソコン生活つれづれノート」の愛読者なら、涙なくしては見 られないようなホームページを見つけてしまったのである。1979年から1984年 にかけての日本のパソコンのリストがあり、イメージがある。

それは、 「懐かしいパーソナルコンピュータカタログ」 というホームページで、当時を知る者にとっては、感激のページであろう。

何を隠そう、私は、ちょうどその時期、某出版社の関連会社にいて、某出版 社関連の仕事を手伝ったりしていた。だから、結構仕事で関係したパソコンが ぞろぞろあって、感激やら、恐ろしいやら、もうもう表現できない。

ちょっと、そこのホームページで紹介されている機種をならべてみると、

PET2001, TK80E, COMPO-BS80, PC8001, BASIC MASTER L 2, VIC1001, FX9000P, シンクレアZX81, M23 mark V, PC8801, PC6001, MZ80B, MZ80K2E, バブコム80, FM8, BASIC MASTER JR, MULTI16, JR100, N5200/05, PC9801, PC2001, MZ700, FM7, FM11EX, MZ2000, X1, Basic Master L3mk2, MB16001, PASOPIA, MY BRAIN 3000, JR200, HC20, SMC70, FP1100, ぴゅう太、 COMMODORE64, PHC-25, PHC-8000, PC9801F1/2, PC9801E, PC100, PC8201, PC8001MK2, PC6601, PC6001MK2, MZ5500, MZ2200, X1C/D, PC5000, FP3000, BASIC MASTER L3MK5, PASOPIA 16, PASOPIA 7, MULTI8, JR300, M68, M5, SMC777, LISA, PC9801F3, PC6601SR, PC6001MK2SR, MZ1500, X1TURBO, FM11BS, FM11AD2, FM NEW 7, FM77, HC88/80, HC40/41, Macintosh, APPLE II C, B16/EX, S1
と壮観である。これらについてはイメージデータもあり、当時を偲ぶことが できる。

イメージはないが、リストアップされているものには、

PASOPIA MINI, JR800, MBC55, FM16βFD/HD
がある。

もちろん、TK-80, H68-TR, TLCS-12A, LKIT-16, SC/MP-KIT, MP-80 のよう な組み立てキットがあって、さらに、IMSAI, Altair 680b, TRS-80 などもあ れば最高だったのである。皆で協力して、もっと充実したホームページにして あげたいものである。実際、以上にない機種を私はいくつも使っていた。が、 もう機種名とかを思い出すことができない。

大体過半数くらいは何か関係していたような気がする。コンパイラを作った 機種もいくつかある。メーカーの開発担当者と会った機種も少なくないなあ。 マニュアル作りをしたり、単行本を作ったり、新製品として出すときの附属の デモソフトを作ったり、さらには販売促進のためのプログラムコンテストをやっ たり、もう何でもやりまくっていた時期だったなぁ。どの機種で何をやったな んて、恐いことに未だに覚えているのであるが、恐くて書けない!

でも、ちょっとだけ書いておこうか。

某社のポータブルパソコンは、持ち歩けるようにと、磁気バブルを採用した のであるが、販売開始した当時、すでに磁気バブルの時代ははじけ散り、どん どん生産されなくなり、新製品の発売は、磁気バブルの供給に左右されるとい うとんでもない状況に追い込まれてしまった。周辺機器は当時から次から次へ と変遷していたので、選択は今と同様に難しかった。

某社のハンドヘルドには泣かされた。自社製の液晶を採用しましたからとい うのであったが、その自社製の液晶がマニュアルつくりのために動作チェック しているうちにどんどんつぶれていくのである。「これじゃマニュアル作りど ころじゃないよ」という訳である。これ用には、3日で作るアセンブラという のを企画し、ちゃんと3日で動いた。そのくらい短期に作らないと、〆切に間 に合わなかった。

そういえば、SONYのSMC-70の営業は面白い人であった。まるでデパートの実 演販売コーナーのノリで説明にやってきてくれた。あまりのノリの良さに酔い しれて、それで終ってしまったような気がする。良いマシンではあったが、あ まりにも値段が高くて、「こりゃ絶対売れんわ」とも思ったな、確か。

PASOPIA MINI のイメージがないのは実に残念である。これは東芝 のPASOPIAシリーズの中の1つとはいえ、実は全然違って、ポケコンなのであ る。もう当時既に、ポケコン業界は、シャープとカシオの独擅場になっていた 訳であるが、東芝がなぐり込みを掛けた(おおげさ過ぎるか)のであるが、あ まりにもあえなく敗退した。このポケコンは仕事でちょっと、いや、かなり関 係したのであるが、仕事で関係していたときに既に「こりゃどうしようもない や」と思いながらやっていたなぁ。

FM16βFD/HDは、実はめちゃくちゃ思い出深いパソコンである。80186を使っ た当時としては高性能パソコンであった。が、色々問題があったり、売れなかっ たりして、東京大学をはじめ、多くの大学に寄贈したり色々なことがあったよ うだ。

私は、FM16βFDに外づけのハードディスク(確か10MBだったかな)をつけて、 ソリッドモデリングソフト(3次元立体形状処理ソフト)を開発していた。一 番初期のバージョンは、雑誌PIXELに連載したのである。その後、そのソフト はソースをUNIXへ移し、チューンアップし、またパソコンに戻して販売もした。 残念ながら一般への発売はFM16β用としてではなく、PC9801用であった。もち ろん、東京大学をはじめ、いくつかの大学で教育用にも使われたので、FM16β 用も、そういう世界には流れた。

最後に、FM11AD2 をあげねばなるまい。あの、OS-9 Level II を採用したパ ソコンである。これは、売れるところには売れ、工場の生産ラインなどではか なり活躍したようであるが、OS-9教信者を除いて、一般市場では売れなかった。

ありゃ、機種名を少し漏らしてしまったけど、もう忘却の彼方のことだから いいか。年寄りの昔話になってしまった。


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