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H68−TRでタッチタイピングしていた奴

1996年12月2日

私がマイコンを始めようとして初期に購入したのは、日立のマイコン学習用 の8ビットマイコンである。ボード1枚に、電卓みたいなキーボードがついて いるやつである。CPUは、モトローラの6800である。キーボードからはフラッ トケーブルが出ていて、ボードに差すようになっていた。

当時、NECが、インテルの8080を用いた Training Kit TK-80 を出し、Bit-INNというマイクロコンピュータのサービスルームが東京の秋 葉原と大阪の日本橋にできたころである。

私は、6800の方が、命令がすっきりしているので良いということを聞いて、 H68/TRで勉強をしていた。まあ、ハードも勉強して、周辺を自分で組み立てて 行くなんてことをしてもよかったのであるが、ハードをするにはかなり金が必 要であったので、金が無くても、頭さえ絞れば何とかなるのではないかと思わ れたソフトの方だけを集中的にやることに決めた。まあ、そう決めるしかなかっ たとも言える。

という訳で、さっそく学習キットについていた説明書を解読したりして、何 とか簡単なパズルくらいはマイコンで解けるようにした。非常に簡単な、限り なく低機能なアセンブラが附属でついていたので、なんとかそれを使ってプロ グラミングをしていた。

とにかく、当時のプログラムは大変である。今のように、画面に、漢字まで 表視され、カーソルを自由に動かして修正はできるし、漢字も仮名漢字変換が 覚えていてくれるので、書けない漢字を用いて文章を書くことができる。

でも、H68-TRの表示は、まあ電卓並であった。7セグメント(電卓の数字の 表示)の14桁表示のものがついているだけであった。これで、16進数を表 示するのなら、それは普通である。しかし、曲がりなりにもアセンブラが存在 するのである。だから、とうぜんアルファベットを表示しなければならない。

たった7本の棒、それも位置を変更することはできない。それで、0〜9の 数字のみならず、a〜zの英字までも表現しようとするのである。もちろん、 英字の大文字と小文字は付けられなかった。さらに、若干の記号は利用できた と思うのであるが、もう一切の資料が手元に無い。

確かマニュアルのどこかに、各文字がどのように表示されるかについての表 があったと思う。それを見たいと思ったのだが、誰も持っていなかった。ちょっ と暇にまかせて、キーボードから入れた文字を、その7セグメント14桁で表 示するようなアプレットをJavaでプログラムしてみようかと、ふと思ってしまっ たのであるが、資料がないので、できないでいる。誰か、知っている方、教え て欲しい。

さて、当時の記憶装置と言えば、テープである。今の高密度のDATとかと違 い、非常な、希薄な程低密度なテープであった。もちろん、アマチュア用のテー プと言えば、普通のカセットテープである。

当時の録音は何ボーくらいだっただろうか。初期は110ボーくらいだった と思う。プログラムを入力して、テープにソースプログラムを落して、それを 読み取りながらオブジェクト(マシンコード)を直接メモリに書き込むのだっ たような気がする。プログラムの修正の度に、めちゃくちゃチンケなキーボー ドで修正し、アセンブルし、実行してテストを繰り返すのである。

今から考えると、地獄のように不便なものである。テープへのセーブとロー ドに非常な時間がかかる。その低速な周辺機器を自動コントロールするために、 リレーがついていて、プログラムでテープレコーダーを制御することもできた のである。確か、このリレーをカチャカチャやって音楽を奏でるソフトもあっ たはずである。ただし、あまり頻繁にリレーのON/OFFを繰り返すrと、リレーが 壊れるから注意しろ、とかあったと記憶している。

でも、パズルなどで、延々と調べ尽くす必要のあるものでも、人間より遥か に早く結果を出してくれるので、それなりに満足していた。

本当は、6800系でその後もいきたかったのであるが、なかなか周辺が充実し てこない。世の中は、どんどんTK-80の勢力が強くなっている。それで、つい にTK-80も購入し、その後、それ用のコンパイラを作ったり、その他いろいろ なことをした。

さて、そのH68-TRであるが、後に、すごい使い手に出会った。もう、出会っ たころには、H68-TRの時代は終り、普通のタイプライタ式のキーボードがパソ コンについていたのであるが、昔の話をしていたときに、

「俺はH68-TRでタッチタイピングをしていた」

といったのである。この発言がどのくらい凄いことか、理解できるであろう か。超絶技巧である。神技といってもいいくらい困難と思われるものである。

キーボードは、ボタンの数が多い電卓、まあ今の関数電卓みたいなやつで、 アルファベットがAから順番に並んでいたりするやつであった。キートップは 小さく、とてもブラインドタッチに適するしろものではなかった。サイズは、 片手で全部押せるが、これを、片手で見ずに押していたというのである。

あの、7セグでアルファベットを表示してしまうという相当に無理のある表 示を見ながら操作できるだけでも、当時としてもかなり異常といえたのである。 私は、読めるだけでも相当苦労したように思う。

H68-TRで、毎日、毎日プログラムを組んでいても、タッチタイピングできる までに習熟するのは大変である。私は、その100歩手前位で、TK-80にくら がえしてしてしまって、そういう高度な技術は身につかないままで現在に至っ ている。残念である。


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