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ホームページを作るのは疲れるねぇ、他人様のは

1997年4月3日

さて、4月になり、新人が入って来たり、花見があったりというので世間は 新年度の始まりの雰囲気になっているようだ。しかし、私の方は、そんなこと は全然ないのである。せいぜい、新しい仕事が襲って来たくらいである。まあ、 3月中に済ませておけば良かったものも多かったのだが、ミーティング等の区 切りとかがないと、なかなか始められないものである。

それで、今日は、一日ずっとホームページの作成作業をやっていた。これが 自分のホームページの拡張とか、追加変更、あるいはJAVAパズルの機能アッ プなんかだったら、何時間やったって疲れるなんてことはない。自分のホーム ページ、個人のホームページというのは気楽なものである。失敗しようと、下 手であろうと、自分さえ満足すればいい。まあ、私なんぞは、自分の作ったペー ジに満足はしていないが、安易に妥協している。

しかし、ちょっとでも仕事の匂いがすると、これが面倒なのである。相手が いて、何とか満足してもらうようなものを作らなければならない。発注者が満 足するだけでは実は駄目で、さらに多くの人々が見に来るというホームページ にならなければいけない。さらに、見た人が注文する気になってしまうような ページでなければならないとか、無理難題がつきまとう。

困ったことに、私が作ったり、アドバイスしたりすると、多くの人々が見に 来ると多いに誤解している人々も最近出て来た。これって、すごく困るのであ る。誰も興味を持たないような材料を加工して、何とか多くの人々に見てもら えるホームページを、と言われても、そんな手品などできはしない。

これは、というものが一つ二つでも見つかる場合なら、それを種に、あとは じっくりと真面目に、つまり見に来る人の希望をできるだけ反映するようにす ればアクセスが増えるのは確実ではある。ちまちまと執念深く、執拗に、情報 更新を続けるだけである。これって、まあ、意地というか、怨念というか、ま あ継続あるのみである。

それで、今日は、延々と、キーボードを叩いたり、慣れないスキャナをいじっ たりしていた。もちろん、原稿がフロッピーで来たりするような状態ではない。 まあ、フロッピーで原稿を渡すくらいの能力があるなら、ホームページを作る 能力はあるだろうし、こういう仕事が回ってくる訳はない。

何を血迷ったか、あるいは血迷っていないのか、コンピュータと出来るだけ 無縁な人々に興味があって、そういう人々の発想が一番面白い。コンピュータ 関係者なんて、どうせ何を考えているかは殆ど想像できてしまうし、全く同じ ような考えの者もいっぱいいる。コンピュータ社会の技術者を見るのは、まる で鏡で自分をしげしげと眺めている不気味さと同じようなもの。まあ、ある意 味では楽な世界だが、最高に退屈な世界である。

それで、インターネットの世界に、インターネットから一番遠いと思われる 人々をひきずり込むために、その遠い世界、つまり日本文化の象徴のような世 界の情報を載せようと、今日一日していたのである。文章は、全文、全部キー を叩いて入力した。これって、自分で勝手なことを書くより遥かに疲れる。自 分の文章には癖があり、指もそれに慣れ親しんでいる。

だが、他人の文章と言うのは、言い回しが違い、なかなか入れ難いものであ る。句読点の位置だって、微妙に違う。これを、今日は何時間もやってしまっ た。キーボードに向かって、何時間も連続で打ち込むというキーパンチャーそ のものみたいなことをやってしまったので、くたくたに疲れた。

それで、もう今日はよそうと思い、この下らない文章を書くことにしたので ある。それで、やはりキーを叩いている。でも、これはストレス解消みたいな ものだ。まあ、それに付き合ってくれる皆様は、神様みたいなもんかな。


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