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東京を留守にすると、コンピュータが死んだ

1997年5月21日

5月15日に東京を出発して、倉敷、岡山方面に行って来た。コンピュータ あるいはインターネット関係のことやその他の野暮用などもあり、約1週間の 予定で行ったのである。

16日の金曜日、予定には入っていなかったのであるが、 インターネット 倉敷というところで、パソコン同士を接続する体験会があるから見に行こ うというのに誘われて行ってしまった。まあ、滅茶苦茶安い、ショップの床の 上にうさんくさそうに積んであったイーサボードを3枚買って来ていたのを、 Windows95のマシンに差したのであるが、なかなか動かなかったのである。 一発で動いたら、何の面白味もないもんなあ。

しかし、98用には、ちゃんと高価な6000円以上もするすばらしいボー ドを差し込んだら、こちらは簡単に動いてしまったのである。それで、全部で 4台を接続する予定であったのだ。しかし、安物イーサーボードの方は、トラ ブルばかりで、4台接続が、最終的には1台だけLANに繋がったと言う情け ない状況になったのである。まあ、後は誰かがちゃんと修理するか、ちゃんと したボードに差し替えるか、何かするであろう。

まあ、トラブルばかりの相手も大変なので、Windows95などにまったく興味 のない私としては、インターネット倉敷の社長さんに、自己紹介の代りに私の ホームページを見せることにした。倉敷のアクセスポイントは良く込んでいて、 なかなか繋がらない。倉敷が駄目なら隣の岡山へ繋いで、とかやっているうち にどこかのプロバイダに繋がった。それではと、私のホームページを見せよう とURLを打ち込んだが、さっぱり反応が無い。しかたがないので、DOS窓なんと いう恐ろしきものを広げて、サーバーマシンにpingしてみても反応がない。

一体どうしたんだ、こんな馬鹿な

と思いながら、夜も更けて来たので、引き上げることにした。それでも気に なったので、車で送ってくれた人の家に行って、またちょっとだけ試みてみた が、結果は同じであった。それで、これは何かあったのかと思い、東京のホー ムページを置いているプロバイダまで電話をしたら、マシンが駄目になってい て、只今修復中ということが分かって、がっくりしてその日は寝てしまった。

17日は祝賀会とか、その他色々あって、この日も夜遅くなってしまった。 この日もインターネットをやっている連中と、最後はバーに無理矢理連れて行 かれて、バーの中でもインターネットの話である。と思ったら、別の席でもパ ソコンの話とかしている。地方都市でも、今やこのような状態になっているの かと思い、インターネットの普及の速さを実感した次第である。

次の日(18日の日曜日)、岡山へ出て行った。100%文系の人間のとこ ろへ立ち寄ったのであるが、こういう人も今ではインターネットを使うように なってきている。深夜アクセスできない、という話であったが、ダイアルアッ プの設定をちょっと変更して、第2アクセスポイントの方へ電話が掛かるよう に変更した。大都市では、複数のアクセスポイントを持ったプロバイダも増え ているのに、多くの者が第1アクセスポイントに電話を掛けつづけ、「繋がら ない、繋がらない」と不平を言っている場合が多い。第2、第3アクセスポイ ントへ掛ければ、テレ放題の時間も全く混雑していないことが多々あるのであ る。

さて、そのついでに、自分のホームページが見られるようになったかどうか 確かめようと思い、ちょっとやってみたら、なんと、2ヶ月も前のホームペー ジが表示されてしまった。あまりのショックで、その場でうろたえ、telnetで 自分のマシンにまでたどり着き、あれこれ操作して直すなんてことは止めてし まった。

19日も夜まで予定があり、20日にようやく東京へ帰って来たのである。 岡山を夕方発の新幹線で帰って来て、20日は深夜まで掛かって、なんとか通 常のファイルだけはなんとかサーバーにftpで送り込んで、なんとか最新の状 態で見てもらえるレベルにまで復帰した。

CGI, データベースなどがまだ全滅に近い状態のままである。パズルを解い ていて、途中の状態を保存し、他の者もその足跡をたどれるようにしていたの であるが、そのあたりは全滅である。すくなくとも、データは保存されていな かったので、復旧のしようがない。

サーバーマシンの破壊状況であるが、マザーボー ドが壊れ、そのためハードディスクも完全に駄目になり、ハードディスク上の 全データが一切取り出せなくなったのである。ホームページをオープンして2 年弱の月日が経過したが、今回のトラブルは、今までで最大のトラブルであっ た。

サーバーマシンは、弱小秘密組織的プロバイダとして有名(?)な、とりあ えず技術力にだけは信頼がおける ネットワークセンター のサーバーを利用していたのである。マシンが破壊しても、新たにマシンを 組み立てて、動作するまで長くても1〜2日でやってくれるので、結構いいの であるが、他人様の仕事に忙しく、自分達のサーバーのメンテが追い付かない なんてこともあるのである。

この復旧作業により、OS、WWWサーバーなどのソフトウェア類は全部新 しいものになった。これもいつものことである。ときどき壊れた方がいいので あろうか。

もちろん、私自身のホームページの通常のファイルは自分のマシンにマスター があるので、復旧はそれほど難しくないのだが、ユーザがどんどんサーバーに 追加していったデータについても、今後はちょっと対策を立てたほうがいいか とは思うが、ちょっと大変だ。まあ、こまめにバックアップを取るしかないの だろう。

それにしても、マシンの野郎、絶好のタイミングで壊れてくれるものである。


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