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大トラブル回復後にCPUファンがまた爆音

1997年6月3日

サーバーマシンが壊れて以来、ずっとJAVAパズルの足跡の記録機能が止 まっていた。データベースとしてポストグレスを利用していたのであるが、ポ ストグレスとPerl、さらにApache がバージョンアップされ、どのバージョン アップの影響でトラブル発生か分からないままになっていた。

それを、昨日、なんとか原因をつかもうと思って、延々と悪あがきしていた。 すると、愛機のLinuxマシンが変な音を出す。箱を手で触ったり、耳を近づけ て振動源を探ったりして、たぶんCPUファンがまた不調になったらしいことが 分かった。

それで、電源を落すべく、画面に汚くならべたウィンドウを片付け、ウィン ドウシステムを抜けた。すると、変な音がピタッと止まってしまった。ウィン ドウシステムを使うと激しい音が発生するのか、そんなことってあるのかなぁ。 まあ、私の知識の範囲ではそんな難しいことは判断できない。

ということで、また偽物Windows95を起動 した。しかし、今度は音がしない。ハードウェア音痴の私には、まるで分から ない。仕方がないので、一旦コンピュータの電源を切って、コンピュータのカ バーを開けた。ちょっと状態をみるため、カバーを開けたまましばらく使って みることにした。

さて、昨日の夜は、ずっと前から困っていたポストグレスの動作不良の原因 追求をやっていたのである。次第に原因を絞っていったら、CGIからPerlスク リプトを実行すると、Perlスクリプトの中のポストグレスのパッケージを使う ための、

  use  Pg;
の個所でコケルことは分かった。

かなり原因が分かったので、最新版のポストグレスをインストールした者に 状況説明し、さらに細かく原因追求しようとしていたところで、またCPUファ ンが爆音を出し始めた。爆音に再現性があるのはかなり重症ということで、 CPUファンを取り替えることにした。以前は余分のCPUファンを置いていなかっ たが、度重なるCPUファンのトラブルにより、予備を買い置くようになっている のである。

それで、予備のCPUファンの中から、今回始めて日本製のCPUファンを使うこ とになった。SANYOのファンである。最近というか、去年くらいから、通はこ のファンを使うらしいので、私も少しは通に近付きたいので、このファンに 取り替えた。

マザーボードを取り出してCPUを差し替えるのは簡単なんだが、そんな面倒 なことできる訳ない。外す方は簡単に出来たのだが、装着する方はなかなか難 しい。うまくできない、できないと騒いでいると、何十台も組み立てた経験者 が、こともなげに装着してしまった。

しばらく、カバーを開けたまま使用してみたが、問題もなさそうだったので、 電源も切らずに、そ〜っとカバーをかぶせて、また長期連続運転状態に入った。

今までのCPUファン関係のつれづれノートには

1995年10月11日  コンピュータから変な黒い物体が
1996年 7月27日  CPUファンが爆音を発生
がある。これから、また10ヶ月程度で駄目になったことが分かる。また7 000時間余りである。どうも、CPUファン、それも台湾製のものは、このく らいの連続運転で駄目になってしまうようである。2つだけのデータであるが、 かなり有意なデータであろう。

取り出したCPUファンをちょっとみてみたが、軸がちょっとガタガタしてい るようであった。たぶん、これが回転中に、ときどき爆音を出す原因になって いたのだろうと思う。取り替えた日本製、SANYOのCPUファンは、今日も静かに 回っているようである。まあ、今から異常が出るようでは話にならないが。

さて、こうして悪戦苦闘しているあいだに、ポストグレスの原因もほぼ分かっ た。ポストグレスのためのパッケージをロードするためのライブラリパスの指 定LD_LIBRARY_PATH が CGI からの呼び出し時(nobodyで実行)には何も設定さ れていなかったので、パッケージのロードが出来なかったのである。

というわけで、呼び出し側で、LD_LIBRARY_PATHを指定することにしたら、 一発で動いてしまった。今までの、悪戦苦闘、2週間にも渡る悪あがきは何だっ たんだろうと思ったが、解決である。

と喜んだんだが、すぐにPerlスクリプトを変更するなんてことをすると、ま たドジをやりそうだったので、ぐっとはやる心を押えて、今朝変更した。

これで、やっと仕事が手につくか、な。


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