ホームページ目次1997年前の話次の話

ヘッドハンティング華やかなりし頃

1997年6月6日

5月の下旬に日経産業新聞に我ホームページが紹介されたらしいことが判明 していた。そして、部屋には日経産業新聞が置かれていたのであるが、何日の どのコーナーにどういう風に紹介されたかが分からないと、何日分もの新聞を めくって該当記事を捜し出そうという元気がなかった。

でも、まあ、「知りたいなぁ」をいうことで、 メーリングリストに、知っ ているひと、教えて下さい、と出しておいたら、今朝メールが来ていて、その 内容が判明した。

5月23日(金)の日経産業新聞の、「プレーンのおすすめ」というコーナーで 「あきれたページ」(2002/1/31閉鎖)が紹介されてしまったのである。 会社員の投稿(タレコミ)で、「企業や省庁のホームページがいかに 自己満足かをみせつけてくれるページ」として紹介されていた。

まあ、最近では、このくらいの紹介ではぐーんとヒット数が伸びて回線パン クなんてことはなくなっている。5月のアクセス状況をちらっと眺めたが、1 割くらいの影響(1500ヒット)くらいはあったかなあ、といったところで あった。でも、こういう記事で私の阿呆なページを知って、それから毎日やっ て来るようになり、ドツボに堕ちる者も後を絶たないので、長期的にみれば、 5万、10万の影響になってくるかもしれない。

さて、今日は、バブルよりも前の、日本のコンピュータ産業がまだ上昇して いたころの話である。今はもちろん十分に下落傾向にある。大型コンピュータ なんて、今では日本勢は、某H社だけが製造しているようだ。大型コンピュー タは全然儲からないので、どこも次々と撤退してしまったので、全部のリプレー スが我社へ来て、このところ景気がいいのだそうである。そして、今世紀の終 りとともに終るのかも知れないが。まだ、レコード針を細々と作っているN社 の方が先が長い気がするなあ。

ヘッドハンティングの話をしようと思う。まあ、普通の言葉で言えば、企業 の引き抜き合戦である。最近でも、インターネット関係では聞かない訳ではな いが、コンピュータ全般では殆ど聞かなくなった。

一応、私も、何度か狙われた。私を狙ってどうする気なんだろうと思うが、 狙う的が欠乏していた時代には私までが狙われたのである。自分で何が専門かも 分からない私を狙うのに、相手も困ったとみえて、様々なことをやらないかと 言って来たのである。

それらの分野を時代順にならべてみると、

があったように思う。不明というのは、分野などどうでもいいから、研究し てくれれば何でもいいというのである。他にもヘッドハンティングと世間では 分類しているらしいのも存在する。

まず、酷いのを紹介しよう。某中堅人材派遣会社であるが、当時はなかなか 人も集まらず、新しい技術に対応できる技術者を探していたようであるが、ど ういう訳か私の所に話が来た。まあ、面白くて、金払いが良ければ乗らない訳 ではなかったので、一度話だけ聞きに行った。要するに詰まらん内容の上に、 Adaなる言語を使う仕事だという。Adaに明るい将来は無いと確信していた私で あるから、そんな仕事、話を5秒も聞いたところで帰りたくなったのであるが、 一応話の区切りまでは付き合ってから帰った。

そうすると、人材派遣会社の若造が(私もまだ若かったが)、何度も何度も 電話を掛けて来て、うるさいこと。5秒でがっくり来ている話に乗る訳がない のであるが、それが理解できない。要するに、マニュアル通りに読むしか脳の 無い電話セールスと同じで困った。

次は医療画像。医療画像というのは、CTが出始めて、汚い画像しか見られ ないのに1台3億とかした時代で、何とか数千万で出せるようにしようとして いた時代である。このころ、24ビットフル画像の経験者は国内に殆どいなかっ たこともあり、一度でもそういう経験をしていた者は対象になったのではない かと思う時代である。

働いてくれれば、マンション・プレゼントなんてのもあった。ただ、調べて みると、東京都内の便利な場所のマンションではなく、開発をしている工場付 近のマンションのようであった。早い話が、社宅の代りに、マンションを用意 し、プロ野球のように契約時にマンションが手に入るとかいうものだったらし い。やらなかったので、詳しい事は知らない。

なぜやらなかったかって。それは、当時は放射線の管理とかがいい加減で、 子供が出来なくなるとか、女の子ばっかりになるとか、いろいろ言われていた。 医者よりも放射線を浴びやすい状況で、現場は大変だという噂も飛び交ってい たので、放射線にも弱い私は止めた。

感心したヘッドハンティングもあった。家に電話が掛かって来て、是非近所 で会ってくれと言う。まあ、全然知らない所でもないし、上場を目指している ような会社ということもあり、またCAD関係ということで会う事にして、近 くの交差点まで行ったら外車が待っていた。まだ、外車がかなりなステータス であった時代である。

で、メンバーを見ると、人事担当者とかではない。取締役会が開けるような メンバーがずらっと並んでいるのである。社長に、専務に、常務に、技術担当 取締役という感じなのである。スカウト会社にまかせず、取締役会そのものが 車に乗って、都内を走り回って人材獲得をしているのに感心した。

ここも、メインは派遣や受託の簡単な仕事が中心で、実はその方面での採用 者は使い捨てにすることになっている、と言っていた。それとは別に、有能コー スというようなのがあり、じっくりと研究・開発などを行なうようにしている とのことで、その設備なども見せてもらった。

ここにも行かなかったが、会社のトップが人材確保に走り回る姿には感心し た。重要なのは人だもんなぁ。


ホームページ目次1997年前の話次の話