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明日はテストだ、何を出題しようかな

1997年7月30日

明日がUNIXおよびC言語研修の最終日なのである。研修期間というのが、たっ たの8日しかないので、この間にさまざまなことを教えるのは相当の無茶があ る。なんたって、研修の初日に、「コンピュータなんて見たこともない、無い んだから」と言われて始めたのであるから、いったいどうなることかと思って いたが、それでも何とか進めてくることが出来たのは、世界の七不思議以上の 不思議である。

最初の2日間で、Linuxの使い方基礎とEmacsの使い方を教えてしまった。な かなかのハイペースに自分でも感心していたのである。できることなら、C言 語の為の日程を1日でも増やしたいということもあって、少々急いだ。まあ、 C言語の演習をやりながら、Linuxにも慣れる方が自然と思ってもいた。プロ グラムをエディットして、コンパイルして、バグ取りして、というのを繰り返 しているうちに操作など慣れるに違いない。無理矢理コマンドを暗記したって 無意味ということで、敢えてそうしたのであるが、良かったようである。

C言語も、最初のうちは順調であったが、さすが制御構造に関する部分、if と for でじっくり時間を取らないと進まなくなった。個々に単独に使う場合 はすぐに理解できたが、ネストせざるを得なくなると、若干苦しいようであっ た。この辺りは、たとえ日本人に教えても、センスの無い人間だったら悶え苦 しむところである。

そして、今日は関数を教えた。午前中は、極めて単純に、呼ばれたことだけ が分かるような関数を作っておいて、それを main() から呼んでみた。それか ら、次第に難しくなり、パラメータを渡したり、return で値を戻したりする ようなことをやった。まあ、本にあることを脱線しながら、プログラムさせた のである。

それから、昨日作成したプログラムで、main() の中でほとんど同じ処理が 何個所かに出てくるものがあったので、共通部分を一つの関数にまとめてしま うという、関数作りの基本姿勢を教えた。これに関しては、いくつもいくつも 今までに作り上げたプログラムに手を入れて改良するという形で実施した。午 後のほとんどをこれに費やした。

関数だけではないのであるが、Cでのよりよい書き方をできるだけ見せるよ うに努力したのだが、どのくらい効果があったであろうか。意味のある字下げ をするようにも指導した。

プログラムの開発の手順、つまり何もないところから、どのようにプログラ ムが変化しながら完成に近付いて行くかを教えたかったが、全部で8日間とい うのでは無理であったので、非常に短いプログラムでも上から順番に作るので はなく、括弧のバランス、ネストの状態などを保ちながら、そして時々コンパ イルし、実行し、途中までちゃんと出来ていることを確認しながら進んで行く のを見せた。

まあ、そんな教え方をしながら、丁度予定していたポインタの直前で打ち切 ろうという目論見どおりの所で今日の研修を終えた。さて、明日は、学習効果 を確認するためのテストである。今日、教えながら、制御構造や関数がどれく らい分かっているか、使いこなせるかを見ながら教えていたのであるが、やは りペースが速すぎたかな、と思いながら、テスト問題のレベルを考え続けてい た。

テストなどやらなくても、生徒が5名しかいないんだから、各自の到達レベ ルなんてのは分かっている。テストを実施する前に、成績順に並べられるので あるが、何らかの報告書を出さないといけないこともあるので、一応やる。で も、ただの無意味な、順位付けだけのテストは絶対にやらない。

テスト問題として、情報処理試験のように、プログラムに穴を開けて埋めさ せるなんて非現実的な、実際のプログラム開発で絶対に発生しないような要求 を実施するというのは、技術者としてはとても出来ない行為なのでやらない。 その代りに、さきほど約20行程度の短いプログラムを用意した。このプログ ラムに様々な手を加えることを課題とすることにした。

午前中に課題をやらせて、午後解説を行なって、それから研修内容の「おさ らい」をするのは止めにして、もっと重要なインターネットとか、コンピュー タ全般やら、コンピュータが利用された装置のこととか、ネパールでLinuxを 使うための指導などに費やそうかと思っている。

その後は、懇親会となるのかな、きっと。

それから、今日は、指導中に、中央官庁の方々が研修の見学に訪れますから と言われて大いに焦り狂った。訪れるであろう時間を言われていたが、その時 間になってもなかなか現れないのでどうしたものかと気をもんで疲れ切ったな んてことはなかった。少々遅れて、5、6名位だったか、教えている部屋に雪 崩こんで来てというほどではなく、ちょっと入って来て、誰かが中央官庁の方々 らしい人々に説明をしていた。これは頑張らねばという状況である。しかし、 プログラミング演習の最中であるから、皆バグを出しては、"Help!"と叫んで いるので、その対処をしている間に、さっさと参観は終ってしまった。

「あれっ、何見てくれたんだろう。いやに短かったな?」という感じであった。


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