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我が郷里のとっても豪華なセミナールーム

1997年10月15日

ちょっと郷里に帰っていた。今では、我が郷里でもインターネットに興味を 持つ者も増え、パソコン教室というのかインターネット教室と言うべきか良く 分からないが、そういうのも出来て、いい年をしたおじさん、おばさん連中が こっそりと勉強にいくようになったそうである。

そういう我町の、から連絡があって、インター ネットについて何か話をしてくれないかという要請があって、のこのこと帰っ て、何とか講演(?)をしてきたのである。何しろ、組からの連絡なので、金に はならないのであるが、断り難いのである。もちろん、郷里なので、帰ったつ いでに、いろいろ別の用事もまとめて済ましてきた。

講演は、13日(月)の夕方に行なったのである。場所は、 倉敷ファッションセンター で行なったのである。大原美術館をはじめとする多数の美術・民芸関係の館 が建ち並ぶ美観地区からのファッションの情報発信基地といいたいが、このセ ンターは 児島地区にある。児島といえば、 終戦後、学生服の大部分を生産した一大繊維産業都市なのである。今では、学 生服というよりも、スクールウェア、ユニフォーム、ワーキングウェアなどが 中心であり、海外生産の割合が非常に高い。といっても、うまく海外生産に移 して、ちゃんと繊維産業がまだまだ元気に生き残っている珍しい地区なのであ る。

そういう児島の、JR児島駅の正面にで〜んと建っているのが倉敷ファッショ ンセンターであり、主にファッション関係の展示などが頻繁に行なわれている らしい。いまだにこの地は繊維産業で生きながらえているので、他の息の根も たえだえの繊維産業都市からの見学が絶えないらしい。

JR児島駅というと、JR西日本とJR四国の接点の駅で、特急列車も止ま ることが多い主要駅である。駅を降りると、駅前の繁華街、商店街がまったく なく、トイレがあるだけ。その向こうにタクシーやバス乗り場があって、その 向こうにはマウントフット大学の廃校が見える。その隣にそびえているのが倉 敷ファッションセンターである。だいたい、どういうところに存在するか分かっ てもらえただろうか。

倉敷ファッションセンターには最新鋭の設備が整っており、建物も、内部の 設備も立派なものであった。開館して、まだ1年半しかたっていない、ピッカ ピカの建物である。

さて、13日の朝、持ち帰ったノートパソコンを持って、依頼を受けた組で はなく、商工会議所まで出かけて行った。さすが大都会なので、Linuxをほい ほいと使っている指導員までいるのである。こんな商工会議所なんて、全国で も極めて珍しいことであり、びっくりする…といいたいが、実はこの人から 電子メールで状況を伝えてもらっていた。

ところで、私のノートパソコン、はなはだ不調なので、持ち帰っても動くか どうか不安だったので、一応別のマシンも用意しておいてくれるように頼んで おいた。

商工会議所のお偉い方々にちょっと挨拶をして、それから倉敷ファッション センターへ向かった。セミナールームは、東京のあちこちのセミナールームな どとは違い、立派なものであった。どんなメディアを用いても講演ができるよ うに2つのラックに装置がびっしりと詰め込まれていて、さらに操作卓なるもの があり、画面のボタンを押すだけで、遮光カーテンが閉まるし、天井の照明も 操作できるのであるが、詳しい操作は良く分からなかった。

持って来たノートパソコンを出して起動したら、一応動くのでまずは安心し た。それから、配置を考えて、テーブルを移動したり、結線を変えたりして、 再度起動したら、全然表示しなくなって、もう真っ青である。何度かためした が良く分からないので、こういうときは休むに限るということで、しばらく休 んでから再度挑戦した。

マーフィーの法則通り、一番困る時に困ることが発生するのである。こうなっ たら、決して慌てないのが一番である。で、駄目なら、別の物を持って来てや ろうと思っていると、何とか動き出した。

次に、プロジェクタで画面を投影してみた。ディスプレイ端子からケーブル をつなぐだけなので、結線は極めて簡単である。プロジェクタは天井について いて、RGB別々のレンズを通して、スクリーン上に像が出るタイプであるが、 なかなかぼやけてくれて、困ったやつである。やっぱり、こういうことには、 液晶プロジェクタとか、できることなら大型のプラズマディスプレイの方がい いなぁと感じた。

さて、一番肝心のインターネットへの接続方法である。商工会議所の何でも 知っている指導員から、専用線が来ていて、さらに館内LANが張り巡らされ ているということで、LANカードを持って行った。イーサケーブルも持って行っ て、これで結線すればデモも楽勝、今回は楽であろうと東京を出発するときは 思っていた。

しかし、操作卓には、TAが置かれていて、それでダイヤルアップして使って ください、とのことであって、「そんな馬鹿な、こんなに高価な設備が一杯あ るのに」と思い、ひっくり返りそうになるのを堪えるのに苦労した。訳の分か らないプロバイダか何か分からぬ所にダイアルアップし、接続の確認して、昼 飯を1階のレストランで食べた。

それで分かれて、あとは講演開始時刻までに戻って来ることにして、組に顔 を出したり、不義理をしているところへ挨拶している間に夕方になって、出か けて行った。

さすが地元であり、同級生とかが聞きに来ていて、やりにくいったらありゃ しない。それでも中学までしか地元にいなくて、高校からは田舎から追い出さ れたのであったが、高校の1年後輩が来ていて、これまたびっくり。といって も、来ていたことにびっくりではなく、高校出て以来会っていないので、互い の顔の変化にびっくりであった。

そうして、講演は始まったのである。まずは、PowerPointで作った簡単なプ レゼンテーションでインターネットの概略を説明した。

というような、ただただ持ち上げることしかしないよくある嘘講演とは違う 講演をした。この町には、新し物好きが多く、あちこちのホームページとか見 ている者も多いので、田舎とはいえ、出鱈目はもう通用しないのである。

概説を終え、インターネットのデモの開始である。何とかダイヤルアップに 成功し(なんと情けない話をしているのだろうか)、始めることができた。も う、冷汗ものである。自分の ホームページ集が慣れているので、 ここを利用して、あちこちの解説を始めたのはいいのだが、回線が遅い。 600〜800バイト/秒しか出ない。デジタル回線なのに、この遅さは何なのだ、 ぶつぶつ…と思いながらの操作である。もちろん、ちっとも快適に見せること ができない。28800の内蔵モデムを使った場合よりも遅い。参った。

この建物には もったいないオバケが住んでいるようであった。


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