ホームページ目次1997年前の話次の話

パソコン初心者の私でも2台のLinuxマシンを完成できた

1997年11月1日

今日から世間は3連休である。何とか世間が休みになるので、仕事に、ただ 働きに駆り出されることはないだろうと思って、この連休でネパール用のLinux マシンを完成させようと思っていた。

昨日(10月30日)は、『2001年宇宙の旅』のためのレポートが700枚 くらい宅配便でドカ〜ンと届いて、それを見ていたのであるが、まだ1週間の ゆとりがあるし、700枚のレポートを見て、調査結果をまとめるには、ちょっ と頭の準備というか、心の準備、それから体の準備もしないと書けないので、 その前にLinuxマシンを2台完成させることで、精気を養いたいと思ったので ある。

マシンは3台届いたのであるが、それらを組み直して、2台の比較的ちゃん としたLinuxマシンを完成させることにしたことは 前回書いた。 今回は、その後、2台の完成までの辛くて長い道のりである。

メモリは、いまは72ピンのSIMMが多いのであるが、3台についていたメモリ は、2台が30ピンのSIMMであり、残り1台がパリティ付きの72ピンメモリであっ た。さて、メモリとマザーボードの関係は切っても切れない関係にあって、こ のあたりは、殆ど融通がきかなかったところである。別に8MBの72ピンノンパ リティを頂いたのであるが、今回の組み立てには利用できなかった。

CPUはペンティアムなんてものはもちろんなく、486SXが1つと486DX2が2つ であり、さすが、Xウィンドウを動かすとなると、486SXはきついということ、 それ以前に、Linuxをインストールするのに時間がかかることなどもあって、 486DX2が使えるボードとCPUの組を生かすことにした。486SXのボードには、 30ピンのSIMMで32MB載っているので、これは生かすことにした。

さて、小さいケース2つと、選ばれた2つのボードは、1組は同じマシンと して組上がっていたので、そのまま使うことにし、残り2台で1台のパソコン、 といってもケース、CPU,マザーボードにメモリを調整することにした。

もともとちゃんとしていたマシンは、SCSIとIDEの両方のハードディスクが ついていて、もったいないので、IDEを外して、他へ回すことにした。

マザーボードは、もちろんどれも新しい物ではなく、PCIは無かった。1枚の マザーボードだけが、フロッピィやIDEがマザーボードから取れるようになって いたが、他は、周辺を何かつける毎にカードを挿さなければならない、ちゃんと 昔のマザーボードであった。

SCSIのCD-ROMドライブが2台集まったのだが、SCSIのカードが1枚しか存在 しないので、現在SCSIのCD-ROMドライブが1台遊んでいる。そのうち何とか したいと思うが、まだ予定は無い。

ネットワークカードを探して来て、ネットワークインストールも考えたので あるが、そういうところよりも、カードがどのような組合せでちゃんと動作す るかの方が問題なのである。カードの種類によっては、そもそも挿せないとか。

1台のインストールは、もともとついていたSCSIのCDドライブからやって、 Linuxのインストール自体はすんなりである。1GBのハードディスクがついてい たので、何も考えずに一気に全部を入れても余裕である。

もう1台は、私のLinuxマシンのATAPIのCDドライブを外してつけて、インス トールした。最初は、別のCDドライブを借りてやっていたのであるが、とりあ えず返しておいて、次に使いたいなと思ったときには、既に別のマシンの中に 組み込まれていたので、どうにでもなる自分のマシンのを外してインストール に使ったのである。

ためしに486SXに、私のCD-ドライブからインストールした時には、CDへのア クセスはまずまずなんだが、解凍してハードディスクに書き込むまでの時間の 長いこと、長いこと、待ちくたびれたのであった。DX2の場合には、せいぜい 1時間もあれば、CDからハードディスクに入れることができた。

さて、前回書いた、ナンバーナインのカードであるが、どうしても動かなかっ たので、もう一方のマシンに突っ込んで動かしてみたら、ちゃんと動いてしまっ た。ここでしっかりと原因を調べるべきかとも思ったが、ジャンク屋を回って ガラクタを買って来て、組み立てるに近いものがある作業(御提供してくださっ た方々、こんな表現でゴメンネ)なので、はまらないようにしないと時間ばか りが浪費する。この作業、労働時間を考えれば、Pentiumの新品パソコンが買 えてしまうのである。

時間だけ考えると、とてもバカバカしくなるが、何しろ新しい発見というか、 古い発見ばかりである。昔はこうだったなぁとか、ほんの数年前のマシンなの であるが、歴史を感じて、作業の手が休んでしまうのであった。自分の手が休 むだけではなく、つい「こんなのが見つかった」とか言って、大切な仕事をし ている人々まで巻き込んで、効率を落すこと甚だしい。

トラブルの多かったのは、やはり当然グラフィックボードとXウィンドウが らみである。というより、Linuxが一応使えて、 fvwmというWindows95も使えるかどうかだけし かチェックしていないので、本当はどこまでちゃんと動くかは私も知らないの である。

この数日で、5年間分くらいの勉強ができたような気がしないでもない。 他にも書くべきことがあったように思うが、また次の機会にしようと思う。


ホームページ目次1997年前の話次の話