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メーカーの提供するパソコンのレベルは、利用者のレベルを象徴する

1999年4月29日

27日と28日に、どかどかっとマシンのパーツが集まった。2名の方が、 一人は手で下げて、もう一人は車で持ってきてくれたのであった。車でもって 来てくれた人は、もう粗大ゴミとして捨てようとしていたものを持ってきたと いうことであったが、とてもそのようなものではなく、まだ4、5年位しか経 過していないものであり、マニュアルもしっかり保管されていてこれからも末 長く使えそうなものであった。

とりあえず貰った主要なもの。

これ以外に、三軒茶屋で拾った水洗いしたという見掛けは綺麗なマザーボー ド。しかし、水洗いの影響かどうか知らないが、動作しなかった。まだ諦めた 訳ではないが、ちょっとこれを動かすのは難しいかも知れない。まあ、俗語で は、こういうのを「楽しめる」と言うらしい。

昨日、ATケースに水洗いしていたマザーボードをつけていたのであるが、上 記のようにすんなりとは動きそうになかった。本当は、マザーボードが悪いか どうかさえあてにならない。ビデオボードも非常にあやしいし、すべてが怪し い部品で組み上げたので、さっぱりテストにならなかった。とにかく、どこが 悪いかしらないが、煙は出ないにしろ、動かない。

私は非常に諦めが早い方で、さっそく新たにもらったASUSのマザーボードに 交換した。そして、動きそうなビデオカードを挿してみたら、何の問題もなく 動いてしまった。マザーボードがOKと分ったので、今度は次々とビデオカード を挿し換えて、ビデオカードのチェックである。何と、全部動いちゃった。

メモリは、石が32個もついていながら16MBでしかないSIMMをつけてみたら、 これもちゃんと動いてしまった。そのあと、16MBが74000円もした超豪華なメ モリも挿してみたら、これまた動いてしまった。ということで、このジャンク マシン、メモリが一番高い。

さらに、メーリングリストの女性オフ会 (なぜそんなところに参加できたのかは秘密)の参加者からもらった、 8MのEDO4枚、合計32MBも試したが、これは動かなかった。 まだEDOに対応していないマザーボードであった。 EISAがついているようなマザーボードでEDOのメモリを試すこと自体が 無茶であったと再認識した。

これをくれた彼女も、EDOは自分には高級過ぎるメモリということで、研究 室および自宅にあるあやしいコンピュータでは使えないとのことでくれたので あった。EDO対応というと、1995年以降のかなり新しいコンピュータでないと いけないので、使えるマシンを捜さねばならなくなった。

会社でこういう古いマシンをいじって遊んでいるのは、古い連中ばかりであ る。古い連中には古いマシンが似合うということであろうか。古い連中は、直 ぐにドライバなど工具に手が行ってしまうようだ。TK-80のころから始めて、 この世界の呪縛にかかり、足抜けできなくなったような連中である。

こんな連中が、社内はもちろん、客先のネットワーク管理とかもやっている のである。ネットワークに繋げるサーバというと、どこも高性能のマシンを用 意してくれるようだ。ウェッブサーバーをやるのに、最新鋭のマシンで、さら に高性能ディスプレイもつけてくれたりする。ウェッブを見る側には良いディ スプレイは必要と思うが、送る側であるウェッブサーバーには高性能ディスプ レイなど不要なのだが、どうもそう考える人、会社、特にお偉い方々は少ない ようだ。

したがって、「お客さん、もっとぼろいパソコンで大丈夫です。捨てられた パソコンありませんか」と言ったりすると、信用を無くしたりするんですね。 サーバーはいかにも豪勢なマシンが良いらしい。それも、有名コンピュータメー カーの。

ところが、いままで多くのコンピュータを分解、組み立て、ときには破壊し てしまった経験からは、どう考えても有名コンピュータメーカーのパソコンは 使いにくいものばかりであった。一番困るのは、メーカー品は、情報が公開さ れていないものが多いことである。大昔、コンピュータ業界では、囲い込みと いうのが非常に流行った。オープンシステムと言いながら、実際はクローズシ ステムというのはいくらでもあった。今でも、残念ながらその傾向はかなり続 いている。

私をメーカー嫌いと勝手に思い込んでいる者も多数いるが、それは勝手な思 い込みである。ちゃんと情報を公開してくれれば、有名メーカーでもいっこう に構わぬ。インターネットがこれだけ発達したのだから、各パソコンの技術資 料をきっちり出して欲しいものである。新製品発表のときだけ、見せびらかす ような態度で見せ、次の製品が出ると消してしまうのは困ったものである。そ ういうことをされると、そのメーカーを私としては一切信用できなくなる訳で ある。きちんと技術資料を公開してくれれば、そういうメーカーを大いに応援 したくなるのである。なにしろ、中古というか、おんぼろパソコンを再生して 大いにインターネット用の各種サービスに使おうとしている身にとっては、情 報公開の有無は、部品の生死を分るくらい重要なことである。情報さえ公開さ れていれば捨てなくて済む部品の数は飛躍的に増えるのである。

もうひとつ有名メーカー製で困るのは、自分のメーカーのことしか考えてい ない製品である。世界全体の規格というか、より多くの他メーカーの部品との 相性など一切考えないどころか、自社の周辺機器しか一切繋ぐな、という方針 のメーカーがまだまだ存在することである。パソコンでも、各部分によって、 あるいは利用分野によって色々最適の組合わせを考えようと思ったとき、他メー カーの部品はダメとかは困る。それから、汎用を装いながら、実際には自社の パソコン以外では決して使えないようになっているものも少なくない。こんな のが露見すると、もう蹴飛ばしたり、窓から投げ捨てたりしたくなる訳である。 「ふざけた設計もいい加減にしろ」と思ってしまう。

「一国の政治家のレベルはその国民のレベルを象徴する」なんて言葉が流れ ていましたが、「メーカーの提供するパソコンのレベルは、利用者のレベルを 象徴する」と言い換えられる。

ところで、環境庁のコンピュータは十分に環境にやさしい状態なのであろう か?


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