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昨日は東京本館にどうしても繋がらなかった。その原因は?

1999年8月3日

毎日夏らしく、暑い日が続いていますが、私のいる某社のオフィスでは、こ の夏何度となくエアコンが勝手に休暇をとってくれるので、暑くてたまらない のである。ただの暑さならともかく、東京は都市という人工のムッとした暑さ がある上に、オフィスには天井には蛍光灯が発熱しているし、パソコン、ディ スプレイなどの熱源も多数あり、それに人間という発熱体も存在するので、か なりエアコンをきかさないと灼熱というか、気持ちの悪い暑さに襲われるのだ。

そもそも夏は暑く、頭が熱暴走状態になりかねない体質なので、熱射病にな らないように注意しているのだが、オフィスのエアコンが壊れたら非常に困る のである。今時のオフィス(といっても、いま入っているオフィスビルは築10 年くらいなのでそれほど新しくはない)には、それほど開けられる窓はついて いないが、熱暴走状態になっては叶わないので、窓を開けてみたが、私の席は 部屋の片隅ということもあって、外は相当の風が吹いていても、微風たりとも 来ない。

このため、隣の人は、うちわ持参でプログラムを組んでいたが、さすがに効 率が落ちてしまう。それで、通常は開けてはいけない排煙口を開けることにし た。さすがに通常は動かさないので、最初にエアコンが休暇を取ったときには すんなりとは開いてくれなかったが、度重なるエアコンの休暇で、排煙口も開 けやすくなってしまった。

7、8月は、偶然にも仕事が多く、プログラム開発に忙しい人が多いという のに、こんなに勝手に休暇を取られてはかなわない。プログラム開発が予定通 り進むかどうかは、エアコンの調子次第というところである。

さて、昨日は、www.pro.or.jp へのアクセスができなかった。ウェッブサー バとして動かないだけかな、ということで、www.pro.or.jpへ直接入って原因 を究明しようとしたら、全然反応がない。telnetは無理かもしれないから、と りあえずping でもと思っても駄目。それでは、どこまでたどり着けるかと思っ て traceroute したら、www.pro.or.jp を置いている上位プロバイダまでは到 達できたが、その先は駄目であった。

いくらリモートでやとうとしても、反応すらないコンピュータには手も足も できなかった。仕方がないので、このコンピュータを置いているサーバーファー ムの借り主である、(旧)怪しいプロバイダに連絡して原因を調べてもらおうと したのだが、なんのアクセスもできないコンピュータでは調べようがない。

「ついにいい加減なマシンがくたばったか」

と思っていた。とにかく、すぐに対処するゆとりがなかったので、とりあえ ず様子をみることにしていた。停止したのは、8月2日10時32分ということ は残っていた記録から分かった。

そのまま夕方になってしまった。社内でウォッチしていた人から、動き出し たという声が入ると共に、(旧)怪しいプロバイダから連絡が入った。もう直っ ているだろうって。そんなことはすぐに分かるのであるが、原因は何か、これ をきちんと調べて今後に生かさなければならない。

原因であるが、コンピュータは極めて順調に動き続けていたようである。本 館のマシンは、1998年11月20日に動き始めて、今もずっと連続運転が続いてい るのである。FreeBSDであるが、マシンはそれほどたいした性能のものではな い。というより、たいした性能のマシンは避けるようにしている。高速性より も、とにかく安定して、最低でも1年くらいは楽勝で連続運転してくれなくて は困る。1年どころか、毎週リブートしなくてはならないようなOSを作って大 帝国をなしているところもあるようだが、遠く離れた場所に置いておくような マシンにはとてもそういう危険なものは使えない。

さて、自分で本館のウェッブサーバに入って調べた限り、何も問題はないよ うであった。さすがに、アクセスの記録は長い間0のままであった。再び本館 がアクセスされ始めたのは、8月2日18時48分であった。1日の勤務時間相当の 時間が、ずっとアクセス不能状態に陥っていたらしい。

コンピュータは正常に動き続けていたのに、いかなるアクセスもできなかっ たのはなぜなんだろう。電話で分かったことは、人為的なミスであった。その 日、コンピュータがずらっと並んだサーバーファーム内で作業をした人がいて、 本館のコンピュータのLANケーブルを、つい外れたままにしてくれた人がいた らしいのである。まあちょっと外すくらいは構わないが、サーバーファームを 退出するときには、ケーブル類の点検くらいはしてもらいたい、とここに書い ておこうと思う。(やれやれ)


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