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ついに地下室に押し込められ不健康な生活が始まる

2000年4月16日

春は頭がまともに回転するはずもない時期なので、まあゆっくり行こうという のが普通だと思うのだが、どうもそうは行かない状況になってしまった。4月 1日から、地下室計画というあやしげな計画が着実に遂行され、ついに4月1 1日に地下室に投げ込まれたのである。移動も、ほぼ地下室メンバーだけで行 うという強行なものであったが、若い人もいて、なんとかなった。といっても、 机や椅子は全部置いて行け、ということだったので、移動したのは一部のパソ コンと若干の資料類と、それなりにある文庫とパズル本くらいである。

本当は10日が引越し予定であったのだが、軟弱なものだから、引越しの途中 で雨が降り出したら嫌だなというだけで次の日に延期した。そうしたら、なか なか降り始めないのである。やっと夕方になって降り始めたのであるが、これ だったら、10日に引越しも可能であったなと、後で分かった。

事前に引越しの準備をすればいいのだろうが、とうぜんそんな気の効くことを するわけがない。〆切が迫っていると、これはどうしても頑張らなくてはという 気持が湧いて来て、ちゃんとやるものである。

地下室へ閉じ込めるに先立ち、一応机や椅子は新品があてがわれた。本棚もあ る。移動の前に、ネットワークをちゃんとしようと計画したのであるが、予定 が予測通り遅れて、極めていい加減な方法でインターネットに細々とつながっ ている状態になってしまった。ADSLの専用線接続を申し込んでいたのであるが、 予定と言うものは遅れるもので、地下室開室(?)には間に合わなかったのであ る。これで、某社本社との連絡はとっても不便になってしまったが、まあいい か。

予定では地下室だけはADSL、そして近い将来はSDSLによる安く速い回線に入れ 換えて、幸せな生活をと思ったのであるが、今はダイヤルアップでやっとつ ながる生活である。これが一人でダイヤルアップならいいのだが、地下室メン バー総勢7名でダイヤルアップだから、ちょっとたまらない。このダイヤルアッ プのために、わざわざヤマハのダイヤルアップルータも購入してしまったので ある。自宅のよりも新しいバージョンであり、取り換えたい気もしないではな かったが、とりあえず止めておいた。

そんな訳で、ほとんど何もない部屋である。それでも、何とかプリンタ位は必 要ではないかと思い、とりあえずポストスクリプトプリンタを1台調達してき た。FAXとかCOPYなどはあまり使わない連中が多いので、「明日来る」で購入 してしまった。

ゲートウェイとかは、以前秋葉原で中古品の投げ売りをやっていたのを買った のがあって、それの中身を入れ換えて、作ってしまった。それでも、 Pentiumの200MHzなので、十分に高速である。世の中には、こんなに高速なマ シンでも捨ててしまう者がいるとは不思議なことである。486でも十分使える と思っていて、つい拾ってしまうのであるが、今のところ地下室には486マシ ンは、幸か不幸か不在である。

地下室では、当然のように各自のマシンは勝手に組み立てることになっている。 LANケーブルを作れない者は、いつまでたってもLANに接続することもできず、 ずっとスタンドアロンのままである。まあ、それも安全かも知れぬが、それで はメールも読めないし、出せない。私は、いろいろ作るのは面倒なので、こっ そり秘書にLANケーブルは作ってもらった。一応ちゃんと動作しているようで ある。

ここでは透明名刺の作成は重要な仕事である。そのために、ちゃんとカラープ リンタも調達した。調達したのはいいのだが、先週は移動とその後かたづけで 皆疲れてしまい、カラープリンタはまだ箱に入ったままである。その前に、プ リンタ等を置く台も無かったので、鉄骨とボルトナットと板を入手して、何と か置ける台も作ったのである。プリンタ用の台と、サーバなどを置く台の、計 2つの台を組み上げた。耐久力試験のため、ちゃんと物を置いて試験をしてい るが、一応どちらもまだ崩れていないので、たぶん大丈夫と思う。

部屋の壁には新聞紙大のパズルの解き終えたものが2つ張ってある。カックロ とスリザーリンクのデカビロ版である。それから、ぬいぐるみのペンギンの取 扱説明書が張ってある。こういうのを見ていると、どう考えてもこの部屋は遊 び部屋としか見えない。一応某社が部屋代を払っているはずなんだが。まあ、 部屋の奥には、JAVA2のポスターがあり、これでやっと救われた気がするかも しれない。

引越しはとにかく忙しい。木曜日には、一応、開所式なるものが行われた。一 応「地下室」なる正式名称があるものの、別名も付けられてしまった。知的工 学センターとか、知識工学センターとかいう話である。まあ、どっちも話し難 いので、電話でもかかって来たら、「地下室で〜す」という返事をすることに しよう。言いやすいのが一番である。

開所式は、無事かどうか知らぬが、会社の人が来て、しっかり飲んで食って行っ た。ちょっと飲みすぎて、次の日の午前中の会合の間は、まだ酒が残っていた ような気がしたが、すぐに「花と盤双六の夕べ」が金曜日に行われてしまった。 夕方早々に行こうと思ったのであるが、そういう時に限ってマシンは調子が悪 くなるものである。当然のことながら、私のような初心者には直せる訳もなく、 さっさとあきらめるべきであったのだが、無駄なあがきをしっかりして、さら に状況を悪くしてからあきらめざるをえなくなってから催し物会場に出かけた。

さすがに金曜日には桜はほとんど散っていたが、盤双六とうまい日本酒があれ ば何の不足があろう。延々と午前3時すぎ位まで盤双六をやってしまった。サ イの目の初心者ということで、サイだけは秘書に振ってもらい、駒の移動だけ くらいにしておこうと思ったのであるが、秘書には逃げられてしまった。これ で今晩も負けかと覚悟を決めざるを得なかった。こうなれば、一発逆転狙いと か、一発逆転されるのをちゃんと防御するとかして勝とうという無謀な計画を 建てたが、盤双六の初心者であるにもかかわらずほとんど勝ってしまった。

始発電車が出るまで打ち続けようと思っていたのであるが、相手も眠くなって しまったようだし、そろそろ始発が出るなと思ったころ、つい眠くなって寝て しまった。目が醒めたら、8時近くになっていた。天気が悪そうになっていた ので、2人で逃げ帰ったら、途中から雨が降り始めた。何とか本格的な雨にな る前に家に着いたら、さすがに皆起きていた。ちょっとシャワーを浴びてから 少々寝ようと思って寝たら、いつのまにか日曜日の朝であった。何時間寝たの であろうか。


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