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ベンチャービジネスって冒険しないことだっけ

2000年8月21日

この不況の時期、暇人がどんどん増加するであろうと見込んで、暇潰しのた めのページを実験的に作って、もうじき満5年になろうとしている。とくに、 Javaが出て来てからは、本来やろうとしていたパズルで、多くの人の暇を潰そう という野望が本当に実現できる見込みがついてきたので、ついそういうページを 作ってしまった。

しかし、どういう訳か、暇潰しのページを作っているこちらは、ちっとも 暇にならない。暇にならないのなら、裕福になったかというと、まあ何とか 生きている程度でしかない。

暇潰しを大変重視しているのは、所詮人間というものは、人生80年とかと 言われているようだが、その80年をどうやって時間を過ごすかにかかっている 訳である。必死に勉強してもいいし、必死に仕事をしていもいいし、遊んでいても いいのであるが、そういうやり方によって時間が変化することはどうも無いようである。 やり方によっては、裕福になったり、著名になったり、幸福になったり、不幸に なったりはあるようであるが、まあその程度の違いかと思う。 要するに、人生は時間消費問題に尽きると言うのが、究極の結論なのである。

しかし、当然、その時間消費問題を、より楽しく過ごすのが一番であろう。 だから、パズルなんてのは、とてもいいのではないかと思っているのである。 地球資源をこれほど浪費しない方法は少ないであろう。昔から、暇なときには 和算をするのが習いであった筈である。和算書というべきか、はたまたパズル書 というべきかは問題があろうが、最近また『塵劫記』が話題になっているようであり、 そのうち入手しようかと思っている。

さて、暇を探求しているのだが、そのためかどうかは知らないけれど、色々な 人とか事象に出食わしてしまう。そして、どうも私の常識からいうと、 理解不可能なことが多いのである。それをちょっと書いてみようかと思う。

こういうことを書くと、年寄りとみられるわけなのだが、どうもあまりにも 教育が行き届いているせいか、教えられたことだけをしようとする人が多くなった ような気がするのである。「若いうちは、もうすこし踏み外した面白いぞ」 とつい思ってしまうことがある。

実は、最近、面接なるものにつき合わされたりするのである。 学歴無視、経験無視、服装無視を原則として判断しようとしているのであるが、 なかなかそういう人が来ないで困っている。 「能力があり、これからの乱世を乗り切れそうなら、それでいいじゃないの」 という単細胞的な判断しか私はできないのであるが、そういう人は意外と少ない。

某社への応募者は、当然男性の方が圧倒的に多いのであるが、男性の合格率は 女性の合格率に比べて圧倒的に低いのである。女性はサンプル数が少なすぎる というのはあるだろうが、積極性に関する限り、なんだか女性の方が高いのである。

今朝もぼけ〜っとラジオを聞いていたら、1年間の育児休暇をちゃっかり使って、 休暇中も勉強する若い女性達の話をしていた。資格を取るのは当り前で、 休暇を利用して世界中を徘徊したり、育児休暇を利用して転職の準備までする ちゃっかり者がおおいのである。さすがに女性は強い。

パソコン関連の企業の集まりに無理矢理参加させられることがある。こんな ところに行くよりも、パズルでもやっていた方がいくらましかと思うのだが、 世の中にはつき合いというものがあるらしく、しぶしぶでも出席することにしている。 すると、最近の傾向は、きれいに2つのグループに分かれているのである。 「忙しいですね」という話が聞こえるグループと、「不景気で‥‥」と嘆いている グループである。私の場合、貧乏暇無しですと常時答えているのであるが、 誰も信じてくれなくて困っている。

最近は、情報はインターネットから入って来るものがほとんどになって来た。 何かを調べる場合には、まずインターネットで調べる。情報発信も、ホームページ を作ったりして、インターネットに対して行うのは当然のことである。 求人だって、インターネット経由で、メールを使ってやるのが一般的である。

今、某社は、どうしたはずみか、ベンチャー企業と勘違いされてしまったのである。 そのため、その手の話が色々来るし、さらに、ベンチャービジネスについての 話をしてくれと、無茶な要求をして来る者が跡を断たない。

ベンチャー企業を集めた会とかが世の中にはあるが、そういうのは私のような端くれではなく、 ちゃんとネクタイを締めた人が出席することになっている。 ネクタイを締める気の全く無いこちらには、まちがってもそのような会への出席要請は 無いと確信してたのだが、つい先日も断れないところから要請があったのである。 さらに、今月末には、もう1件あり、肩の荷が重くて困っている。 一応、タダ酒を飲ましてくれたりするから、つい行ってしまうが、これが良くない。

ベンチャービジネスに対する講演会みたいなのが良く有るのだが、あれが一番理解できない。 ベンチャービジネスをやりたい人を集めているらしいのだが、ベンチャービジネスを 本気でやる人は、勝手に冒険してしまう訳で、会へ行ってベンチャービジネスの やり方を勉強するという気持がわからんのである。 まあ、時流に乗りたい人のための講座なら理解できるのだが。 でも、そういう題名では人が来ないか?

そういう講演会に出席して、終りに名刺交換して、ちょっとだけ会話して、 それでベンチャーとはどうも私のような単細胞頭には理解できない。 ベンチャーってのは、自分で勝手に調査して、色々な人脈なども勝手に開拓して しまうやり方のことを言うのだと長い間信じていたのだが、最近の傾向を 見ると良く分からない。講演を長々と聞いて、それでどれだけベンチャービジネスに 役に立つのか見当もつかない。長い間、ビジネス書に既に書き尽くされている ような話を聞くというのは何なんだろうか。みんな勉強が好き、講義をまじめに 聞くのが好きらしいのである。長い時間、静かに椅子に座って聞くのが、 もしかすると最大の満足感を与えるのであろうか。

私自身のいい加減な論理、『楽』を仕事をする上での最大のテーマとしている 者にとっては、さっぱり分からないのである。「楽」こを、技術の根本であり、 楽、横着をできるように技術を磨く訳なのだが、どうも世間は違うようなのである。 苦しい勉強することは、楽できるかも知れないという目的があって成立すると 思っていた。あるいは、だれかを出し抜くために勉強して、人が苦労している側で、 楽々と作業をこなしてしまって、悔しい思いをさせることが人間の心理ではないか と思っていたのであるが、こういうのは良い子の考えることではないらしい。

これらは、どうも日本の教育が、教育目的を達成しすぎて、期待される人を 育ててしまったからではないだろうか。本当に、枠にはまろうとする人が一杯いて、 はて、どうしたものだろうかと思ってしまう。人は、それぞれが違うから存在 する意味があると思っていた。私など、今自分がやっている作業を誰かが 代わりにやってくれるのなら、どんどん作業を押しつけたいとずっと思っている のだが、未だ実現できなないでいる。

どうも、日本は、とくに大企業にその傾向が非常に強いように思う。 採用のとき、私などヘソ曲がりだから、長年大企業に居た立派な人の場合、 ついついマイナス点をつけようとする訳である。しかし、どうも、最近の 傾向を見ると、大企業出身者の中にはマイナス点どころか、 「ボツ」とつい叫んでしまうような人もいるのである。 前いた企業じゃなくて、個人として何がやりたいかだけだと思うのだが、 企業の教育が行き届いていて、困る人がいる。

最近、バタバタと大企業の倒産が続いている。倒産しなくても、どんどん整理は 始まっているようである。しかし、整理された人を雇うのは難しい。 そうではなく、早めに逃げようと決めた人は誰もが雇いやすいと思う。 まだまだ1兆円以上の立派な負債を抱えている大企業もあるようだし、 今世紀中に、まだまだ整理は続くのであろう。 余分な余波というか人波がこちらに来ないことを願うだけである。

それにしても、朝夕の通勤を見ていると、日本人って、きっちりスーツを 着ている人が多く感心する。そういえば、日本では、議会というところでは、 立派な服装であるスーツを着なければいけないらしい。たとえ居眠りを していても、立派なスーツが重要らしいのである。夏ならTシャツで会議を してもいいではないかと思う。頭がどれだけ回転しているかだと思うが、 まだまだスーツが議論している段階らしい。

そういえば、大学入試センターで、 変なホームページしか無かったのだが、 つい調べてしまったら、コンピュータの名前が、競馬馬の名前のオンパレード であった。ずいぶん立派な人々が働いている場所の筈なんだが、結局は 受験者をレースに見立てているということの証明みたいなもんではないかと つい感じてしまった。こんな状態では、大学入試の改革など、期待する方が 無茶であろう。

と思って、つい今しがた、nslookupを使って調べたら、makibaoとか、 yaenomutekiが出て来るのだが、たぶん競馬馬の名前だと推測する。 あきれたページで大学入試センターを取り上げていた頃、東大の先生から 注意を受けたが、何かおかしいのでは無いだろうか。 良識とは何でしょうねぇ(^_^)


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