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陸の孤島編(1)

xDSLがついにインターネットに繋がらなくなってしまった

2001年8月12日

この8月は、 例のウイルス騒ぎで賑やかである。まあ、これだけ騒がれているのなら、 どのくらいこの館にもやってきているのかと、 野次馬根性をだして見たりしていた。Code Red II が最近は多いようであった。

このウイルスの影響か、どうも外部との接続が不安定になっていたのである。 ブラウザを使っていただけでも、急に繋がらなくなってしまうことがたびたび発生していた。 なかなか不安定で、ちょっと作業がやりにくい感じであった。とくに、外部にあるコンピュータを インターネット経由でいじっている時に、ネットワークの調子が悪いと非常にイライラするものである。

ところで、前回、fuji.gr.jpのマシンが燃えたと書いた。 すると、そんな危ないマシンをサーバファームに置いては行けないと言われてしまった。

まあ、ちょっと指が滑べってしまって、電源ファンがおかしくなって温度上昇しだして、 動作が不安定になり、止めてしまったのであった。 もちろん、もくもくと煙が出るはるか前に停止したのであった。

本当に燃えたのは、こちらである。 何だか部屋の中が焦げ臭い。となりの工事現場でまた何かやらかしたのではないかと 疑ってしまったときである。

いままで動かしていたマシンも、ほとんどがもらいもので出来上がっていたのである。 ハードディスクは、3台も入っていた。93年、WESTERN DIGITALの Caviar 2340 (IDE)が 2台も入っていた。容量は、341.2MBと立派なものである。さすがに、このようなハードディスクを この先もサーバに使い続けるのは恐いかなと思い、新品のハードディスクになった。 容量の小さいハードディスクで十分と思ったが、なかなか売っていないので、 20GBので我慢することにした。あまりにももったいないのであるが。

電源とハードディスクだけを入れ換えて使い続けるという案もあったのだが、 ちょっと前に、マザーボードをくれた方がいたので、さっそくこれに使うことにした。 しかし、頂くマザーもどんどん進歩してしまい、ATXである。ATの箱はいくつか余っていたが、 ATXの箱は無かったので、結局、箱(もちろん電源付)とハードディスクだけは新しいのにし、 その他はだいたい今までのをそのまま使うことにした。

というような作業を先週末にやって、ダメになったサーバの入れ換え準備をしていたのである。 まあ、入れ換えのためには、某所にあるサーバルームまでマシンを持って行かなければならないので、 ウィークデイの夜にでもということで、月曜日を迎えたのである。

最近は、できるだけ週末はコンピュータやインターネットから離れるように努力している。 インターネットがないと生きていけない体になってはいけないと思っての配慮である。 そういうこともあって、月曜日にはメールが数百通溜っているのが常である。 普通の日でも、だいたい午前中はあちこちから来たメールに返事を書いたりしている間に終ってしまう。

さて、月曜日、つまり8月6日である。何とか会社にたどり着き、いつものようにメールの相手でも しようかと思ったのだが、メールが取り込めない。「ん?どうした」という訳で、 地下研究室の親会社にあたる某社ネットワーク総本部にあるメールサーバに繋がらないらしいのである。

ちょっと背景をしておくと、某社、某地下室には、東めたのSDSLが複数本入っている。 といっても、それら全部は「んたった四谷局」からの線なのであるが。 某社と某地下室の間を直接専用線で結ぶと余分に金がかかるので、 普通にインターネットを利用するための線を張った上で、VPNを利用して、 あたかも専用線を張っているかのようになる魔法を使っているのである。

という訳で、普段なら、仕事前のコーヒーを入れる暇もないくらい短時間に雪崩込んでくる メールがちっとも届かないのである。まあ、直るまでメールなどの仕事は後回しにして、 他のことをやろうと思った。というか、こういう機会でもないと、溜った仕事とか、 整理すべきことなどができないまま永久に先送りされてしまう。また、書くべきものもあるし、 と思ったのだが、書く時には、実は途中で頻繁にインターネットを利用して検索したりするし、 辞書もインターネット上のを使っているので、これまた大変に不便。要するに、仕事らしい ことはとりあえず何もできないことを悟ったのであった。

いつ直るかはっきりしないし、まってても仕方がないということで、まだ作ったことない タイプのパズルでも解いて暇潰しをするしかないと覚悟した。しかし、紙と鉛筆と消しゴムで 遊ぶのではつまらないとつい思ってしまい、プログラムを作ることを無謀にも決意したのであった。 パズルを解いてしまうプログラムをソルバーというのだが、まあこういう何の役にも立たないものを 作ってしまう癖は、コンピュータを始める前からなので、もはや止める術はない。

まあ、全ての時間をパズル作成に使う訳にも行かず、未読のまま溜っていた本とかも読んだ。 停止時間が長引くと、繋がってからの作業量を考えると恐ろしいのであるが、 パソコン初心者はとりあえず待つことにし、できるだけパズルのソルバーを考えることで 精神の安定をはかった。そして、そのまま月曜日は終ってしまった。

火曜日、もう直っているかな、それともダメかなと半信半疑の状態で地下室出社したのだが、 だめなままであった。いつまでも読書とパズルのプログラミングをしている訳にもいかないのだが、 VPNがだめなのでスケジュールさえ見えない。スケジュールを見るのに本社へいちいち行ったり、 本社でスケジュールを印刷して使うとかしなければならないとは、こんな不便を感じたのは 生まれて初めてである。ITの世界で、ネットワークが切れてしまうと、本当に何もできない。 どこか面白そうなホームページでも眺めて遊ぼうと思っても、絶対できないのである。 そもそも、インターネット上でしか繋がっていない人も少なくない。連絡方法がまったくないのである。

もちろん、会社の回線は利用できないので、移動式電話などで、直接どこかのプロバイダに入って 作業を続けることもできないことはない。家の方は既にADSLになっているので、かなり快適に アクセスできる。娘でも文句言わないくらいなのだから、大丈夫だと思う。

金曜日が納期なんて仕事を抱えていた人もいて、専用線接続になっている自宅からの作業に 急きょ切替えていた。まあ、とりあえず、某社 はIT関係の会社であり、日本でも一番最初にxDSLが入ったところである。 こんな某社で、インターネットから切り離されてしまうと、さすがに事件である。

しばらくすると、SDSLモデムを全台、ウイルス対応したモデムを送るので、 つけ替えて欲しいとの連絡が入った。このウイルス騒ぎであったためか、 告げられた時間になってもなかなかモデムが到着しなかったが、しばらくたって到着した。 さっさと入れ換えて、またインターネットがホイホイ使える状態にしなければならないのであった。

地下室の方は、ウイルス対応のモデムにしたら、数分程度で必ず切れていたのが、ずっと接続した ままで、ずいぶん快適になった。最近のモデムはずいぶんいろいろな機能を盛り込んでいて、 それがIISなどがやられるのと同じ理由で不調になってしまうことがあるらしいのである。 理由はどうでもいいが、とにかく快適になってほっとした。

次は、VPNなど、某社のネットワークインフラの完全な回復であるが、なかなかダメなのである。 VPN以前に、そもそも某社本社の幹線になっている方のSDSLが繋がらないのである。 さすがに読書にも飽き、パズルのプログラムを完成させるにはもっと時間が必要かと思い、 ちょっと某社まで散歩に行った。こういうとき、ネットワーク部は、対応が大変である。 社内からは「まだか、まだか」と言われるが、線が繋がらないのはもっと上がちゃんとやって くれなければならない。

本社の別の線の方は、モデムの入れ換えで何の問題もなく動作しているようだが、幹線になっている 方がモデムの入れ換えでは直らない。どうも、ウイルスとは違う原因が存在するらしい。 そもそも、ウイルスだけなら、かなり不安定になっても、なんとか動いていたのだが、 完全にダメということは、どうも他に問題がありそうであった。

このまま何日間もインターネットと絶縁状態が続くのかと考えると、大変恐い状況である。 まあ、1箇所にしかつないでいないのが悪いと言われればどうしようもないが、あちこちにつないで 1つや2つダメになっても大丈夫にするには金が大変かかる。その昔、世田谷電話局が火災になった ことがあったが、そういうことも考えると、全く異なる経路でインターネットにつながなければ 価値は少ない。でも、いったいどう対策をすればいいのだろうか。

と何も考えられない頭で悩んでいたら、急に叫び声があがった。急に開通したらしい。

サーバールームに行ってみると、一気にメールが雪崩込んでいるところをモニタしている。 画面の流れが速すぎて全然見えないが、メールのログらしいことは分かる。メールサーバの ハードディスクも何とか耐えられるらしいので、とりあえず第1段階は解決である。 実際、まだ第1段階だけの解決にしか過ぎないのである。

それにしても、なぜ、止まってしまったのであろうか? 理由は何だろうか?

某社は、無謀にも、日本で最初にいろいろなことを手掛けることが多い。 そのために、トラブルも日本で最初に経験できるという極めて恵まれた環境である。 社会が騒ぎだすころには、もう免疫ができてしまっていることになる。

xDSLも日本で最初に入れたので、何度となくモデムの交換をすることになったり、いろいろ勉強になった。 xDSLが止まる。確かにそれに関する議論や指導等は政府のも含めていろいろあった気がする。 ネットでも十分に調べることはできよう。

さて、止めたのは誰か?

・・・以下、続くかも(^_^)

参考資料リンク:総務省のDSLページ


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