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分かりにくい時代になったか、分かりやすい時代になったか

2002年5月26日

どうしたことか、1ヵ月以上書かないでいたら、催促というか、督促というか、 脅迫というか、要するに次を書くようにとのメールが来てしまったので、 今こうして何を書こうか考えている。

長い間書かないでいると、書けない理由が有るのではないか、仕事が忙しくて 書く時間が取れないのではないだろうかという非常に好意的な予測をする人もいる。 実際には、気が向かなかったとか、単に忘れていただけとか、まあ自分でもよく 分からないのだが、実際はそんなものかも知れない。忙しいと、逆に時間を無理矢理 やりくりして書いたり、結構つまらぬことに努力するものである。 時間があると、ぼーとしてしまい、時間があったらやろうと思ったこともできないでいることが多い。

私の居る会社には、最近どうもダイエット部なる怪しい部ができたらしい。 ダイエット部と言いながら、ダイエット部の机には、いつも何か食べ物が置かれていて、 他の部署の者もその餌を狙ってときどき現われるようである。

私も、1年で0.3キロくらいの順調なペースで体重が増え続けているので、これは かなりやばいかと思い、1年で0.3キロくらいの穏やかなペースで減少させようかと思っている。 このくらいなら、スポーツクラブへ行って有酸素運動を1時間もやったり、水泳を延々とやったり するというハードなことをしなくても、多分意識するだけで痩せるのではないかと思う。 しかし、1年で0.3キロとなると、食事やトイレなどによる変動の方が激しく、 減量目標が測定誤差よりもはるかに小さいと思うので、こういう場合はどうすればよいか、 観測の理論を勉強し直すべきかとか、いろいろ悩んでいるところである。


世の中、非常に分かり難くなったというボヤキみたいなのを聞くことがある。 しかし、これがさっぱり私には理解できないのである。何が分かり難くなったのかが さっぱり分からないのである。どちらかというと、分かりやすく、自然法則というか、 人間法則というか、怠惰法則というか、とても分かりやすい世の中にどんどんなっていると 思っているのだが、世間とは意識のずれがあるかもしれない。

小学生の頃、クラス会とか、生徒会とかで学校での決まりを決めようという話があった。 私の子供の頃、名目上は上のような民主主義的なことを言っていても、どうせ職員会議で 都合の良いように変更させられてしまうので、それなら最初から職員会議向きに結論を つくっておくしかあるまいと思っていた。そういうことだから、最初はすこしはやっていたが、 次第に考えるだけ無駄と思うようになり、さっぱりやらなくなってしまった。

しかし、世の中次第に変化しているようで、娘の行った公立校では、生徒、PTAが強く、 教師も強く、教育委員会と学校の間に挟まれた校長が卒業式にも登校拒否するという、 そういうのも実際にあるようで、なかなか良い時代になってきたものである。

最近、大きく世の中が変化したのは、インターネットの普及によるのではないかと思う。 確かに、インターネットは情報革命をもたらしたと言えるだろう。コンピュータの性能が どんなに上がろうと、そんなことによる社会的影響は微々たるものであった。 しかし、人々が、それも個人が不特定多数に対して情報発信できるようになってしまったことは、 大変な変化である。

東芝ビデオ事件はその典型であろうが、今までは簡単にばらまくことが不可能だった情報が、 いとも簡単にばらまかれ、大企業を傾かせてしまうことは、今後とも発生するに違いない。 それどころか、主要政党すら、インターネットでのタレ込み大歓迎とかやっていたことがある。

インターネット以前は、色々な情報がかなり規制されていた。変なことがあっても、 マスコミ規制さえしていれば安全で、そのために、多くのことが裏工作で決まっていたようである。 こういう場合には、いかに裏工作に長けているか、裏の事情を良く知っているかで勝負が決まった。 要するに、裏を知ることが社会を知ることであり、それが社会人としてのたしなみであった。 上司が黒を白と言ったら、部下も白と言わなければならない暗黒時代だったとの話を聞き及んでいる。

インターネットが浸透するにつれ、インターネット上に情報が溢れるようになった。 本当の情報も多いが、嘘の情報も少なくない。まあ、いままでの世界だって、嘘の情報が いくらでも流れていたわけで、インターネット上も実世界と同じようになっただけだと思うのだが、 そう思わないへそ曲がりというか、過去の裏工作本位主義社会に生きていた人々は、 インターネットに対して変な言いがかりをつけてくる。

ゴミ、嘘の情報がたくさんあっても、単に選別する能力を持てば良いだけなので、 分かりにくくなったという人々は、選別能力がなく、 マスコミに選別を頼っていただけの人ではないかと思うがどうだろう。 嘘あり、デマあり、本当有りが情報の本来の姿で、 それを自分で適当に解釈するのが楽しいと思うのだがなぁ。 インターネットのおかげと、東京に居ることにより、結構当事者と連絡を取ったり、 直接会ったりすることができ、とても便利な、頭を使うに値する世界にやっとなってきたと思う。

人様の事は知らぬが、私にとっては、世の中は分かりやすい方向に向かっているようである。


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