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情報ハイウェイ県の『酒一筋』は美味しかった

2002年10月21日

中学まで倉敷(正しくは児島)、高校が岡山であったが、その後はほぼ東京あたりに定着してしまった。 もちろん、今でも時々は帰省しているが、田舎の情報を得るのは、主に帰省したときだけであった。

それが、インターネットが田舎にも普及したころから、田舎との連絡ができるようになったり、 田舎のメーリングリストに入ったり、岡山の新聞社のホームページで地元のニュース見たりと、 東京に居ても、結構田舎の情報が手に入るようになったのである。

そういう風にして、倉敷の知合いが何名もできてしまった。実際に会ってみると、 実は親戚とか、同窓生を知っているなんてことも少なくない。 以前は田舎に帰っても、東京に長く居ついてしまったし、 友人の多くは関西や東京の方などに出てしまったものが多く、どこにも行くあてがないような状態であった。 それが、インターネットのおかげで、さまざまな人とのネットワークができたことは インターネットの最大のメリットであろうか。 また、法事の予定をお寺と電子メールでやりとりして決めたこともある。便利になったものである。

さて、岡山県というと、情報ハイウェイを最も早く推進した県である。 要するに、インターネットを県内にはりめぐらし、県民だれでもがインターネットを使えるようにしようということである。 そして、ハード的には、かなりちゃんと整備されつつあるようだ。

しかし、ソフト的というか、利用という面では、まだまだの感じがある。 岡山県関係者(一応私もそれに含まれるらしい)が、岡山県でITビジネスを行なう場合には、 あれこれ優遇措置があるらしい。岡山県知事は、よ〜く考えてみたら、高校の先輩でもあった。 私が高校生の頃は、元が高等女学校ということもあり、人見絹枝とか、とにかく名の知られた先輩は 女性ばかりであったが、長い時間が経過し、状況は少し変わっているようだ。

岡山県にも、東京事務所というのがあり、そこの人達が何と会社に訪ねてきた。 岡山に住むようになるかどうかは全く分からないし、会社として岡山で仕事をするとか、 知合いの温泉旅館の若旦那の所を指定保養所にするのでインターネット環境をしっかり調査する必要があるとか、 まあ、何が将来発生するか分からぬが、とりあえず関係者も東京の次に多数いる所なので、 ちょっと調べてみることにした。

とりあえず、岡山県の説明会なるものが東京で行なわれるということで、出席してみた。 どちらかというと、工業団地に進出して来ませんかという話が多かったが、それにはさすが関心が持てなかった。 インターネット関係は興味があったが、専門家が来て話をしてくれる訳ではなかったので、ごくごく大雑把な話であった。 来賓の岡山出身の片山総務大臣の話があり、その後、石井岡山県知事が企業誘致に関する話をしていた。

話が済むと、交流会というものがあった。名刺交換会と言ってもいいし、飲み会と言ってもいい。 県知事だけでなく、市町村長などが多数来ていることが紹介されたが、 こっちとしてはそれほど興味がなかったので、せっせと食べて飲んで出来上がることに努めた。

ビールとか、ウイスキーとか、オレンジジュースとか、普通の飲物を出されて飲んでいたが、 壁際に、岡山の銘酒が並んでいるのをつい発見してしまった。 利守酒造の『酒一筋』純米大吟醸 が置かれていて、これは飲むしかあるまいということで飲んでいた。 それから、マスカットワインの高いのが何本も冷やされていた。 まるでジュースのようなワインで、いくらでも飲めてしまう。 堅い話をするよりも、『酒一筋』やマスカットワインで飲みニュケーションの方が大切だろう。

企業誘致の勧誘をするより、岡山にはこんな美味しいものがあるという宣伝をした方が、 人が集まって、ついでに工場を建てる会社もでてくるのではないかと思った。 急がば回れである。

先日、ちょっと用事があって帰省してきた。帰りがけに、岡山県庁に立ち寄って来た。 それにしても、岡山県庁のビルは古く、昔通りであった。それでも、ちゃんとロビーには、 インターネット端末が何台か置かれていた。これで、インターネットがどうのこうのと判断してもしかたがないが、 担当者を待っている間ネット端末をつんつんしていた。

商店街の一角に、県がe-プラザ岡山(ITインキュベーションセンター) があるのを県庁で発見したので、帰りがけにちょっと立ち寄った。 地下には、丸善が入居していて、本を立ち読みするには非常に便利な環境である。 実際のe-プラザ岡山は、普通の小さなオフィスが並んでいる感じであった。 数社を訪ねてみたが、皆さん地元ではITベンチャー用の仕事がそれほどなく、 実際の仕事は県外という場合が少なくないようであった。 つまり、情報ハイウェイ構想で色々県としてはやってきたのだが、まだ実を結ぶまでにはなっていない感じであった。

というより、今では、こういうのは多くの県が進めているのだが、どこもまだまだ思考錯誤の段階のようだ。 決まり切ったこととか、コンピュータやインターネット技術の部分は確かにできるのだが、 情報がネット上を飛び交い、どんどん利用され、ビジネスが生まれる段階には至らないようである。

そろそろ日本のインターネットも、技術を中心としたシーズの世界から、 利用を中心としたニーズの世界に移行していかないとまずいのではないだろうか。


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