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久々に地下研究室気分でJavaプログラミング

2006年4月22日

気がつけば、もう連休が迫ってきている。前回は3月1日だったので、2ヶ月が経過している。 あちこちから、更新せよとの圧力があったので、やっと更新することにした。

最近何をやっているかというと、ちょっと田舎に帰ってきたりした。 品川駅の方が便利なので、そちらを使うことが多くなった。 品川駅の中には多数の店が存在する。飲み屋さえも存在する。 一旦どこかのJRの駅で入場し、延々と品川駅まで行って買いものをして、 再び近所の駅で下りるなんてこともできるのだろうか。

さて、最近またプログラミングを始めた。本当は、何か新しいプログラミング言語、 たとえば関数型プログラミング言語の手習いでもしようかと目論んでいたのだが、 つい気分が変ってしまった。関数型プログラミング言語の日本語の本が今年日本語で 出版されるかもしれないので、英語の文献を読みながら勉強するなどという 努力の必要なことはやめることにした。どうも楽をしたがる癖が抜けない。

プログラミングの最中には、できるだけ邪魔をされないに限る。 まあ、プログラミングでなく、執筆のときもそうなのだが、 電話、会議、来客、その他の割り込みがあったりすると、 それまで何をやっていたか忘れてしまう。 多重割り込みなどされてしまうと、もう頭を元に戻すのに非常に苦労する。 一応初心者の頭にもスタックはついていると思うのだが、たった1つの深さしかないのかもしれない。 せめてHPの電卓みたいに、4つくらいは欲しいところだ。

という訳で、核攻撃その他のわずらわしさから逃げるために、 地下室に逃げ込んで、延々とプログラムを組むことにしたかったのであるが、 いつのまにか地下室はなくなってしまったので、 気分だけでも地下室に入っているつもりで開発している。

プログラミング言語は、それなりに慣れている言語の中から選んだ方が無難だろうと思い、 Javaになってしまった。まったく新規の地下研究開発なので、どんな言語でも構わない。 昔だったら、適当なプログラミング言語がなかったら、コンパイラの開発をしたり、 あるいは適切な言語をあれこれ選択したりするのであるが、 横着になってしまって、既存の言語のなかからJavaを選んでしまった。 何と軟弱になったものか。

Javaならまだプログラミングが可能かと思ったが、書き始めようと思ったら、 なかなかプログラムを書き進められない。 考えてみると、今年は1行もまともなプログラムを書いていないことに気が付いた。 これでは廃人になってしまうのではないかとの恐怖がよぎってしまった。 よ〜く思い出してみると、半年もの間プログラムを書いていなかった。 これが体調を崩した原因で、人間ドックでも引掛った原因だろう。

それでも、Javaのプログラムを書き始めたら、なんとか入門書を両脇に置いておくと 次第に大丈夫になってきた。最初の日は、ウィークデーでもあり、 朝から晩までプログラムを作るという健康的な行動はできなかったが、 それでも何とか500行ぽっちは書けた。

若かりし頃は、1日に1000行以上も書いたこともあるし、1ヶ月で1万行を越えた こともあったものだ。もちろん単純なプログラムで、3次元処理とか、日本語情報処理とか、 変なシミュレーターとか、今思い出してもぞっとするような分野である。

雑用と体力、知力の衰えでプログラミング速度は半減してしまったようだが、 それでもなんとか最初に「えいや」と立てた計画よりは進んでいるようで、やれやれだ。

プログラムの内容だが、本来地下室で開発すべきプログラムであり、 とてもここで紹介できないので、プログラムの解説は省略しよう。 それにしても、知らない間にJavaもバージョンが上って、昔と比べると随分楽になったものである。 これでは、まるで組み合わせエンジニアになってしまうのではないかと危惧しているところだ。

こんな生活が3週間ほど続いているのだが、おかげで体調がだいぶ戻ってきた。 先日、眼科の精密検査を受けに行ったら、去年よりも結果がよくなっていて、 珍しいことのようで、主治医の女医さんがとても誉めてくれた。 ほとんど毎日プログラムを書くようになったのが良かったのであろう。

実は、去年と同じ精密検査を受けたので、精密の受け方が上達しただけではないかと思っている。 最初の年は不安もあって検査時間をすごく長く感じたが、2年目は既に検査内容を知っていたので、 シューティングゲーム感覚で検査を楽しんでしまったのが好結果に繋がったのかも知れない。 眼科の精密検査の前には、しっかりコンピュータゲームをしてから行くに限るようだ。



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