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奈良先端大学院大学は生駒山脈を2度も通過した向こうにあった

2006年8月4日

次の日、鹿とともに起きることができた。 本来ならばゆっくりと奈良公園を散歩して、鹿とともに鹿せんべいを朝食に とも考えたのだが、インタ−ネットで安い部屋を申し込んだので、 チェックアウトの時間が非常に早く、朝ゆっくりできないのであった。

ということで、時間もないし地理不案内なので、ホテルの中で朝食を取ることにした。 古いホテルや旅館も多く、泊まったところはそのようなホテルである。 部屋のある建物は鉄筋コンクリ−ト造りであったが、食事が用意されていた本館は 木造建築であった。流石に奈良のホテルであると感心した次第である。

それでも、二重塔などを風景を見ながら、かゆの朝食で、さすがに奈良に来たという実感が沸いてきた。 朝食を済まして、追い出されるまでの短い時間の間、ちょっとパソコンを使って メ−ルのチェックである。しかし、そんなことが簡単にできるようになって、 どこまで行っても仕事から逃れられないのは困ったものである。

二日目は、奈良先端大学院大学 (以下、NAISTと呼ぶ)を訪問する日である。 偶然仕事を一緒にしたことのある人が、偶然ここの先生になってしまったので、ちょっと訪問してみたのである。 私の知り合いなんで、情報科学研究科の先生になったのであった。 バイオや物質関係の知り合いは本当に少なく、人脈の幅の狭さを感じざるをえない。

とりあえず、近鉄奈良駅までいって、最近開通したという「けいはんな線」を 利用して行くことにした。一旦大坂の方に向い、生駒で山奥に分け入っていく けいはんな線へ乗り換える経路である。NAISTは、直線距離だと奈良市内から 比較的近いのだが、直線的に行く経路がない。

奈良盆地を走っていると、まるで平城京を再建でもしようとしているのかと思わせる 土塀が突然作られていたりするのに出くわす。 いにしえへの憧れがまだ強いのかと思ってしまった。

後でNAISTで聞いたのだが、平城遷都1300年 というプロジェクトがあり、NAISTもいろいろ絡んでいるとのことだった。 710+1300=2010年には、再び平城京が現れるとのことだ。

さて、生駒に着いて、乗り換えたら延々とトンネルの中を走り出した。 流石に山奥へ行くんだな、と思ったが、いくらなんでも長い。 実は、生駒山脈をくぐり抜けて大阪へ向かおうとしているのであった。 トンネルの途中には駅はなく、トンネルを抜けたところで引き換えしてきた。

正しい方向に進んでも、やはりトンネルがあり、結構山奥なんだなと体感させられた。 それでも、すぐに着いた。生駒山脈の中で遊んでしまったのでバスでのんびりNAISTまで 行く余裕がなくなり、タクシーで駆け付けた。駅前は、大阪への通勤のための住宅街という 感じもあったのだが、それもすぐなくなってしまい、激しい登り下りがあったと思った ところでNAISTにたどり着いた。

いくつかの施設を見せてもらった。 どこの大学へいっても、馬鹿の一つ覚えのようにコンピュータセンターを見せてもらっている。 何かもっと別のものを見るようでないと、進歩がないと思う。

NAISTの全学システムは、「曼陀羅システム」と呼ばれている。 外部から、この曼陀羅システムとの接続をしているケーブルも見せてもらった。 ここが切れたら、本当の陸の孤島になるとのことであった。 学内は、幹線は10G、細いところは1Gというなかなかうらやましい環境である。

サ−バ−ル−ムも見せてもらったが、とにかく五月蝿いのである。 計算機よりもファンの方が電力を食っているのではと思われるくらいである。 集積度が上昇し続けているため、どんどん容量、性能は上昇しているものの、 容積はすこし減り気味で、実際部屋にはゆとりがあった。

電子図書館も見せてもらったが、どこも著作権問題という壁で当初の目論見どおりには進んでいないようだ。 コンピュ−タ技術の進歩を考えると、電子化された新聞、雑誌、書籍などの高度利用が できるようになっていて当然なのだが、法的問題が未解決のままになっており、 今後どうなるかはここの電子図書館に限らず重要な問題だろう。

先生の部屋は、とても広かった。東大などの教授室は結構な広さがあったりするのだが、 それよりもはるかに広い感じに作られている。大学院だけなので、結構小さな組織なのだが、 しっかり研究ができるようにと、さまざまな設備が、日本基準ではなく、 世界の先端的研究施設並みにゆったりと作られていた。

昼飯なんだが、突然開墾したような場所にあるので、町の食堂みたいなところがまったくない。 それどころは、民家はぜんぜん見当たらない。 学食では味けないだろうということで、NAISTの隣にあるNEC関西研究所の社員食堂で食事をした。

物質や生命科学には、必ず設備が必要で、広い場所は欠かせないが、 情報科学には、群衆が必要あることを先生は強調されていた。

情報科学は、理論的にいくら正しくても、人々に受けいれられなければ何の意味もないということだろう。 情報科学は、結局は人間を科学する学問なんだよな。

NAISTの周囲には、大手企業の研究所がいくつもあったのだが、 あまりにも不便ということで、半分の研究所は逃げだしたらしい。 このようなところで研究せよと言われたら、たとえ好条件を出されても私は逃げ出すに違いない。

ということで、NAISTを逃げ出し、一気に京都まで戻ったのであった。



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