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洋書の学術書はなぜ重いかについての考察

2008年1月14日

今年も、もう2週間が過ぎてしまった。まだ年賀状の返事とかの正月の後始末が終らないのに、困ったものである。 こんなことでは今年も何もしないまま過ぎてしまうのではないか、これではいけないと思って、 勉強でもしようと思って書店に行った。 何を勉強しよう。コンピュータ、インターネットばかりでは、仕事と何も変らない。 もう少し幅を広げなければと洋書コーナーへ行った。

文学とか、コンピュータ書籍とかではなく、もっと純粋に科学の本とか、 コンピュータにうつつを抜かしていた間に科学も進歩し、素粒子も宇宙の世界像も様変りしている。 それに、去年は湯川秀樹氏、今年は朝永振一郎氏の生誕100年でもある。 数学上の難問もかなり解かれているし、ここはまた学生時代に戻った気分で、 当時は教えられた参考書が洋書だった場合、挑戦もせず諦めていたが、 最近は何とか理解できないところは無視して読む、要するに鈍感力が上昇したためと思うが、 何とか頭痛を伴わずに洋書を眺めることができるようになった。

洋書を手に入れるだけならアマゾンとか、図書館に行くとか、知合いに頼むとか、色々手段はあるのだが、 やはり書店の店頭で立ち読みをするに限る。 さいわい、東京にはそれなりではあるが、洋書コーナーのある書店がいくつかあり、 そのうちの1つ、新宿と代々木駅の中間あたりに位置する紀伊之國屋書店新宿南店に行ってみた。

洋書コーナーに行って本を眺めたときに、和書のコーナーとの大きな違いを感じることがある。 とくに、学術書といわれる分野に感じる。

大学の教科書レベルの本を眺めると、日本の場合は、ほとんどがA5判ではないかと思う。 理工学書以外はあまり見たこともないので、その分野に限るが。 また、ページ数も、まあ300ページくらいが普通ではなないだろうか。 これで、3000円とか、まあ分野によって違うがその程度である。 重さも、それほど気になるほどではない。

しかし、洋書コーナーで見る学術書は、まず判型がとてもでかい。 A5判程度のは非常に少なくて、B4、A4、レターサイズなどが非常に多いように感じる。 また、その多くがハードカバーで、価格もかなり高い。 書店だから高いのではなく、元から高く、ちょっとした本ともなれば、1万円を越すのも珍しくない。 これではまるで医学書ではないかと思ってしまう。

また、紙も非常の重い用紙が使われていることが多い。 本棚から本を抜き出すとき、用心しないと手首を傷めてしまいそうだ。 日本では、今はかなり軽い紙が流行しているようで、かなり分厚い本でも軽い。

...という状況を感じているのであるが、なぜこのように差があるのだろうか。 これについて考察を加えてみた。

解釈1:立派で重厚であること
重い本の方が知識が詰まっている印象を与える。 本も第一印象、見かけが大切。立派でなければいけない。 軽い本だと内容も軽いと思われてしまうので、軽くする考えはない。
解釈2:体力の違い
徴兵制度があったりして、体力が鍛えられている海外では、重さは気にならない。
解釈3:1冊にまとめる
1冊にできるだけつめ込んでもよいから、しっかりしたものをつくりたがる。 分冊にするなど考えない。1000ページくらいは常識。
解釈4:体力維持
勉強ばかりしていてひ弱な体になってしまうのを、本をダンベルのように体力も鍛えるツールにしているためである。
解釈5:馬鹿でもわかる丁寧さ
説明はとことん丁寧、無駄に丁寧でも構わないという考えがある。 アメリカでは、大学入学時点での能力はとても低いので、教科書は猿でも、猫でも理解できるように書く必要がある。
解釈6:豊かな国であることの誇示
豊かな国であることを誇示するには、諸外国よりもあらゆるものが立派でなくてはならない。 とくに書籍は、豊かさの象徴であり、金、プラチナを使って資源の豊富さを示したい。

ちょっと解釈がおかしくなってきたので、このへんでやめておこう。

日本の書店に並んでいる洋書は、とりわけ立派な重い本ばかりを選んで並べているのだろうか。 海外での書店の専門書コーナーにも、こんなにも重い本が並んでいるのだろうか。 書店は、本という重量物を置くので、ビルがしっかりしていないといけないと言われている。 和書でも、本棚にしっかり入れると、もう本棚はびくともしなくなる。 それが、洋書は非常に重い紙を使用している場合が多いので、 あんな石のような本を並べる海外の書店は、よほど頑丈な作りのビルに入っているのだろうか。

私には、持ち歩きできない本というのは、結局読めない本ということになる。 本は重さ、体積、そして価格で選ぶ。これらがすべてOKになった場合に、初めて内容について考える。 非常に重い本は、移動するだけで手首、肩、腰を痛めかねない。 間違って足の上に落してしまったりすると、骨折、捻挫なども考えられそうで恐い。

なぜ洋書はこうも重くて高価なのだろうかと考えていただけで、 結局学術書は購入しないまま書店を後にした。

現代科学の一分野くらいはすこし掘り下げておきたいと思ったのだが、すでに挫折してしまった。 まあ、それではよくないので、去年購入した Lisa Randall の "WARPED PASSAGE"を 読み終えることにしようと思う。

しかし、本書は、「ひも理論」とか「隠された次元」とか、 最近の訳の分らない理論物理学の世界を、式を一切使わないで説明するという大胆不敵な本である。 年内に読めるだろうか。 まあ、読んだからといって、何の役にも立たないことが絶対確実な本なので、気楽に読める。

やっぱり、立派な洋書の学術書の重い紙の中には graviton(重力子)が たくさん含まれているからかなぁ。。。。


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