ホームページ目次前の話次の話

大学入試で予告とまったく違うことを出題してはどうだろう

2008年2月2日

時代の変化はどんどん激しくなっているという。 新製品を開発しても、寿命は非常に短い。 物理的な寿命はそれほど変化していないのだが、 ビジネス的な理由により、新製品の乱開発、乱売合戦により、 物凄い勢いで商品としての寿命が短くなっている。 この調子でいけば、まちがいなく、開発が終って販売を開始するときには、 とっくに商品寿命が来てしまっている時代が遠からず来るのではないだろうか。

その一方で、今はとても安定指向の人が増えてしまったようだ。 しっかり勉強することで、あるいはしっかり考えれば正しい答えに たどり付くという考えもあるらしい。

しかし、安定指向の人が増えたら、世の中の発展は不可能になる。 何しろ安定指向何だから、新しいことは考えない。 どこかで誰かが既に考えたことしか考えない。 まあ、せいぜい本を調べればわかる、思い付くようなことしか考えない。 要するに教科書の練習問題のような問題しか解けない人が増えているらしい。

本に書かれている通りにすれば、まあ、それなりの、普通のことはできるだろう。 それができれば、まあ、周囲に評価されることだろう。 でも、まあ、それだけである。そこから新しいアイデアは、まず生まれない。

何も起きない世界であれば、そういう勉強、そういう仕事のやり方で充分だ。 しかし、今の世界はどんどん変化しているし、ますます変化が激しくなるのだけは確実だ。 少しは、新しいこと、つまりは変なことをやってみる者がいないと、 時代の変化が激しくなると、さっぱり対応できなくなる。

さて、題名に戻って、大学について考えてみよう。 高校までは、答えのあることを教えているといっても良いだろう。 しかし、大学は、本来は、答えが決まっていないことを考えさせる所である。 要するに、訳の分らない難題にぶつかったときに、何とかする力を養うのが本来の目的である。 それとも、有ったという過去形で書くのが正しいのかも知れないが。

ということは、大学入試たるもの、高校までの教育範囲を無視すること、 逸脱することがが一番重要だ。 高校までの範囲で習っていないようなことを出題したって良いではないか。 範囲を外すとブーイングが起きたりするが、それでは教育をダメにしてしまう。 ユニークな人間、尖った人間を育てようというが、現実の大学教育はそれとは程遠いようだ。 いや、大学だけでなく、社会全体が、決まったことだけをさせようとする。

たとえ失敗しても良いから、 新しいことをする人間を評価するような社会ができないといけない。 まじめに勉強や仕事ばかりしてきた者がうつ病になりやすい。 変化が多く、答えもない世界では、頑張っただけでは成果は出ないものだ。 逆に、日頃から変なことばかりやっている者は、変化に強いというより、 変化を普通のことだと思い、何の苦もなく対処する。

大学紛争を受けて大学改革ということが言われて、すでに四半世紀が過ぎたが、実態が伴っていない。 日本は人口が着実に減り、大学、とくに大学院は留学生がいないと成り立たなくなっている。 研究というのは、人がしたことを身に着けるのではない。 研究と講習は違う。 人がしたこともないことをやって、ほとんどの場合失敗して、そして時には成功することなのだが、 わかっているのかなぁ。

美しいパズルとは

ナンプレ問題
自動生成


これで、今日から
貴方もパズル作家


稲葉のパズル研究室

Cパズル
プログラミング
〜再帰編〜


ホームページ目次前の話次の話