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某国にはオープンソースが恐しい人々が棲息しているらしい

2008年2月7日

世の中では、オープンソース、オープンソースと騒いでいるようなのだg、 「はて何のことだろうと」思っていたら、いつのまにやら、 某国のオープンソースの会議(?)とやらに引っぱり出されたり、 いろいろなことになっている。

オープンソースって、まあ、要するにソースプログラムがオープン、 つまり公開されているってことだと思う。 多くの商用ソフトウェアは、ソースは非公開であり、説明書にだけ従って使うことになる。 高い金を支払って特別な契約でもすれば、ソースが手に入ったり、 こっちの都合に合せてソフトの改造もしてくれるだろうが、 一般には相当高額な、というより法外な金額と思われるくらいの金を要求されかねない。

オープンソースの場合、利用は無料でできることは少くない。 まあ、単に利用するだけなら無料で、何の制約もないことが多いように思うが、 ソースに手を入れた場合には、ライセンスにより制約条件が異なる。

まあ、そういう制約条件のことは横に置いておき、 ソースの存在があると、いざという時には、原因をちゃんと調べられる。 また、筋が良いソースだったら、ソース自体が教材としての価値もある。 プログラマは、まずは他人のソースプログラムを読むべきだ。 是非、オープンソースのソースを、たとえ挫折してもよいから、読んでみよう。

さて、さらに進むと、オープンソースに手を入れて、自分の気に入ったように、 あるいは自社の仕事に好都合なようにカスタマイズするなんてことも行なうだろう。 カスタマイズしても、オープンソースの世界に返さない人も少くないようだが、 皆に使ってもらえそうな内容だったら、ぜひ元のソースの一部 あるいは拡張として取りこんでもらうのもあるだろう。

さらにオープンソース病が重くなると、 自分でプログラムを作って公開してしまうようになる。 だれもお金をくれる訳でもないのに、 なぜ長時間をかけて開発したプログラムを公開するのか、 経済観念の発達している連中に理解させるのはなかなか難しい。 ただ、経済観念が発達しすぎて、 地球環境が壊れても経済を追究し続ける者も多いようだが、自分はどうするのだろうか。

オープンソースが良いか、悪いか、役に立つか、立たないか、 それは使う側の情况によって大いに異なることなので、簡単には言えない。 どうすれば良いかも、情况によって大いに異なる。 石頭が集まっている企業と、変人が集まっている企業では、全く異なる。 某国では、 新しいアイデアを出せと上からの指示があり、 ユニークな発案すると、前例がないと却下される組織が多いと聞く。

オープンソースについての議論でどうにも変なのは、 使わないでいて、書籍や雑誌、テレビ、新聞、今ではインターネット、 あるいはカンファレンス、さらにコンサルタントも入れよう、 そういう自分以外の人々の判断に頼っているだけのことが実に多いのが嘆かわしいことである。

他人は他人、自分は自分、それぞれ違うんだから、 まあ、参考意見程度にしておかねばいけない。 オープンソースに限らないのだが、 某国には、意見を聞かれて一般論を語る輩が多いのは困ったものだ。 それは自分の意見ではないだろうと思うが、 もう頭が毒されているのか、自分の意見と一般論が区別できない人が いつの頃からか増えてしまった。

「オープンソースを取り入れたいけれど、どうすれば良いのか」 と言う何とも不思議な質問が某国では飛び交っているようだ。 「まあ、使ってみて、それから考えれば」といか返事のしようがないのだが、 この使ってみるというのがもの凄いハードルらしい。

オープンソースをよくも知らない状態で、いきなり実用システム、 それも失敗すると非常に困るようなことに利用するのは馬鹿、いや阿呆だと思う。 オープンソースを導入したければ、まずはオープンソースで遊んでみることだろう。 そういうことを社員にさせられない環境だったら、オープンソースは難しい。 ついでに言っておくと、オープンソースでなくても難しい。 コンピュータそのものを捨てた方が良い気がするのだが、どうだろう。


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