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大学は全入、大学院は粗製乱造時代を迎えたか

2008年2月25日

今は丁度大学入試の時期である。大学の係員が駅前までやって、 誘導などしている風景をよくお目にかかる。

ん十年前、私も東京の大学を受験しにやってきて、 何故か合格し、それ以来ずっと東京に住みついてしまった。

何故かあちこちの大学、大学院には、今も時々行ったりするが、随分変った気がする。 一番の相違はオシャレになったことだろうか。 昼飯など、安いけれど少ない品数の中から無理矢理選ぶしかなかったのであるが、 最近は、どうも社会人よりよほど贅沢な昼飯を食べている者も少くないようだ。 まあ、大学により学生により滅茶苦茶違いがあるにはあるのだが。

最近は、大学も学生を集められず、廃校まではいかなくても、縮小は珍しくないようだ。 既に大学への進学率はやたらに高い上に、人口は減少なのだから、大学生の数は減るしかないだろう。 当然、大学も減るなり、小さくなるのが当然だ。

さて、大学院であるが、このところやたらに大学院ができているように思える。 大学院は、大学よりも、更に専門性が高かったり、研究能力を身に付けるための機関であろう。 しかし、現実はどうなのだろうか。 大学教育が素晴しく、さらに高度な教育を与えるべき大卒がどんどん増加しているのであろうか。 しかし、それは考え難い。

優秀な大卒の割合いがどんどん増加しているとはどうしても思えない。 優秀な者の割合いは、同じなのではないだろうか。 ということは、大学院の基準、下限がどんどん下っているのではないだろうか。 上の方は、今も昔もまあ高いだろう。 そして、その昔、大学院というと、そんなに低いのはそんなに無かった筈だが、 文部科学省の、大学院卒をどんどん増やせという厳命で無意味に増えているのだろうか。

まあ、大学院と大学では、学生一人あたりの補助金額に大差があると聞く。 大学はマスプロ教育(もう死語?)でも可能だが、大学院ともなれば、 細かくサポートしなければならず、大変だ。 人間を育てる、技術者を育てるのは、今も昔も大変だが、これなくしては社会が成り立たない。

さて、実は昨日、秋葉原のダイビル(多数の大学が同居しているビル)で、 大学院大学の成果発表会があるので見に行って来た。 まあ、とある人からメールが飛んできたので、行ってみた。

その名も、産業技術大学院大学という、 東京都立の大学院である。 ITスペシャリスト、それも、産業界で必要とする高度な人材を育てることらしい。 専攻は2つあるのだが、その1つが、情報アーキテクチャー専攻で、 「情報アーキテクト」を育成します、とある。

情報アーキテクトって、また怪しい用語だなと思うが、 この用語は、それぞれがそれぞれの意味で使っているのが現状のようで、 用語については無視しよう、無視するしか無い。

さて、この大学院では修士論文はないのだが、その代りに 修士の2年目には、情報システム学特別演習として 「PBL(Project Based Learning)が行われる」とあった。 PBLとは、実際に何らかのプロジェクトチームを作って、 実際にプロジェクトを体験しながら学習しようというものである。 結構なことである。 そして、その1年間の成果を秋葉原で発表した訳である。

発表(プレゼン)を聞いたが、勉強は結構している感じではあった。 しかし、PBLに関しては問題だらけというのが露呈してしまった。

大学院生が成果を発表するのだが、 大学院のカリキュラム自体に疑問を抱かざるを得ない内容だった。 PBLで、現実のプロジェクトで必要な経験を積もうという意図らしいのだが、 失敗しようと成功しようと、成績評価にしか使われないようなプロジェクトばかりであった。 これでは、PBLではとてもないし、大学院ではなくて大学レベルではないかと思わざるを得なかった。

どうも、安全なPBLを目指しているようであった。 もちろんそれでも、1年かけて第三者評価を受けたりしたものは限られ、 曲がりなりにも利用に到達というものは皆無であった。 学術的には大風呂敷、しかし作らしてみたらボロボロというどこにでも良くある情况になっていた。

大学院なんだから、実際に誰かが使ってくれたら成績がつくとか、 そういうことをしないと、お遊びで終ってしまう。 成果発表会の終りの講評でも、遠廻しではあったが、基本的にそういう事が述べられていた。 リスクあることに取り組まなくては緊張感も何もないではないか。 これでは、日本の駄目な英語教育と同じになってしまうではないか。

プレゼンする大学院生よりも、PBLを企画した教員に質問したいところであったが、 そういうコーナーはまったく設けていなかった。困ったものだ。 しかし、考えてみるに、教員だって不足だろう。 実際に仕事をバリバリやっている者が教員になれば良い訳だが、現実には極めて難しい。

今回はじめての卒業生が出る。 これから伸びて行くのか、やっぱりこんなものかと思われるかの評価は2010年頃に固まっているだろう。

今は大学が転けているが、もう少しすると大学院が転ける時代が到来するのではと杞憂している。

インターンシップ体験記


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