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清水義範


清水幸範(清水義範の作文教室)

書名バールのようなもの
文庫文春文庫 し−6−17
初出オール讀物 1991年〜1995年頃
発行1998年9月10日
頁数317ページ
定価476円(外税)
ISBN4-16-755106-3

あとがにには12編の短篇小説が集まったものとある。短篇は確かにそうだ が、どうみても小説というには、清水義範流に十分にひねくれている。タイプ は色々あるが、どこまでが本当かどうかが分らないように、真面目に読んでい くといっぱい食わされるという楽しい讀みものである。 本の題名にもなっている「バールのようなもの」というのは、エッセイ風に なっていて、金庫破りが「バールのようなもの」でこじ開けたと報道されるの であるが、いったい「バールのようなもの」とは何なのかを追求する話である。 最初は、もしかして作者が「バール」を知らなかったのかと思わせるような書 きぶりなのだが、実はそうではない。最後は例によって、そんな馬鹿なと思う ようなことになっていくのである。

「特別審査員」というのは、名の売れたイラストレータの山本浩一が、高等 専門学校のプログラムコンテストの特別審査員をやるのである。イラストレー タだから、プログラムとは、芝居や音楽会等のプログラムと勘違いして引き受 けたのであるが、高専の学生が宇宙人語を操り意味不明のことを解説していく 話である。まあ、専門外の話を聞けば、そう思うのも無理はないかも知れない。
コンピュータの世界では、殺せとか、死んだとか、まだ生きているなど日常 語であるので、もっととんでもない世界かもしれない。
2日間の審査の最後に山本賞なる特別賞を授与し、挨拶をすることになり、 話はどんどんエスカレートしていき、最後は‥‥‥‥

1998年12月10日


書名日本語 がもっと面白くなる パズルの
イラスト大田垣晴子
文庫光文社文庫 し−6−17
初出文庫書き下ろし
発行1997年10月20日
頁数279ページ
定価495円(外税)
ISBN4-334-72487-6

本書は、題名どおりの面白い本かというと、そんなことはない。 題名に「面白い」なんて字があって期待する者は今時いないのではないかと 思う。

どのくらいの面白さだったかというと、清水義範の本にしては並以下であっ た。この題名で、著者が清水義範でなければ、私はまず購入しない。

全体で65問の問題があり、数ページの解説がつくというものである。1つ の項目が短く、簡単に読み飛ばせるという本である。だから、実際に、外出2 日間の移動で読み終えてしまった。日本語が面白くなるには程遠いと思うが、 あまり誰も知らないところで知ったかぶりをする位には十分になる。

本書で、毎日新聞の夕刊に連載している「月刊しみずよしのり新聞」という のがあるらしく、こちらは面白いらしい印象を受けた。誰か、読んだ人いますかねぇ。

1998年7月7日


書名シナプスの入江
文庫福武文庫 し−1301
初出1993年5月ベネッセコーポレーション(単行本)
発行1995年10月11日
頁数235ページ
定価500円
ISBN4-8288-5743-5

本書は、清水義範にしては非常に変わっている本である。パスティーシュと か、そういう類の本では全然ない。最初の出だしからして、なんか私が好きに なれない「純文学」的な香りがするのである。「しまった、読み始めるのでは なかった」という第一印象を受けた本である。

それでも読み進むと、メモリのこと、つまり記憶装置のことを書いているの だと分かってくる。主人公の友人が2名出て来るのだが、その一人がコンピュー タ技術者で、記憶装置についての会話が盛んに出て来る。

と思って読んでいたら、やはり違う。記憶は記憶でも、人間の脳の方の記憶 の話なのだった。題名が「シナプスの入江」なんだから、機械の記憶が中心で あるはずがない。

人間はよく忘れる。忘却する。忘却とは何なんだ。記憶しているとは何なん だ。自分が自分の過去を記憶しているから自分であり、自分の存在がある…… なんて、記憶の話、がどんどん出て来る。記憶違いの話がどんどん出て来る。

自分は正しい、きちんとした人間であり、脳も正常だと思っていたが、どうも 周囲と話をしているうちに、自分の記憶と、周囲との整合性がとれなくなる。と いうことは、自分が正しいか、周りが正しいか、……なんてことがぐちぐちと 書かれていて、私の読解力を越える本であった。

我記憶する、故に我有り。

これが人間の存在なのだろうか。こんな哲学的命題に立ち向かってしまって いるこの本は、「ホラー小説」ということになっているのであるが、そういう ニュアンスはあまり感じなかったなあ。

「人間の脳はは、忘れることのできる素晴らしい記憶装置」ということが出 て来る。適当に忘れることができるのは便利である。全ての記憶を永久に蓄積 などできてしまい、いつでも思い出すことができるなら、恐くて生きていけな いではないか。

そもそも、記憶なんて元から自信のない私にしては、記憶が無くなるなんて よくあること。記憶が無くなっても、恐くもなんともないではないか。今日の こと、昨日のことを忘れるなんて簡単だ。道を歩きながら考えごとをしていた りして、つい我にかえったりすると、「あれ〜、私は何処をどう歩いて、ここ までたどり着いたのか」なんてこと日常茶飯事。

しかし、清水義範は、あとがきに書いているように、極めて記憶力が良いら しい(本当かどうかは知らない)。そういう人間が書いた本を、まったく違う タイプの人間が読んでも、まあ何も感じないもんだよね。


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