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城山三郎


書名わしの眼は十年先が見える
大原孫三郎の生涯
文庫新潮文庫 し−7−25
初出単行本:平成6年5月飛鳥新社より刊行
発行平成9年5月1日
頁数286ページ
定価514円(本体)
ISBN4-10-113325-5

倉敷へ行こうとしていたとき、ちょうどこの本が新刊書で並んでいたので、 つい買ってしまった。まあ、大原孫三郎については、そのうち読んでみようと は思っていたので、行きの新幹線の中で読んだ。

大原孫三郎というと知らない人もいるかもしれないが、大原美術館とか、倉 敷美観地区とかなら知っている人が殆どであろうか。 クラボウ(倉敷紡績)、 そして クラレ、さらには中国銀行、中国電力など岡山を代表する企業を次々と 起こしていった明治から戦前の昭和にかけて活躍した財界人である。

今では倉敷市の一部にされてしまった児島市で生まれ育った私には、大原家 の名前は当然のこととして幼い時から聞かされていた。大原美術館にも何度か 行ったことはある。倉敷以外の人はあまり知らないかもしれないが、 倉敷中央病院という地方にして はとんでもなく立派な病院がある。建物だけを見ると、とても病院には思えな い。それだけでなく、技術も非常に高く、日本全国に名の知れた病院である。 この病院は、元は紡績工場で働く女工さんのために作ったものであ るが、広く地元の人にも利用されるように当初より配慮されたようである。 病院の1階にある温室は、医者、看護婦、病人がもしいなければ、とても病院 の中とは思われない、熱帯性の植物が溢れている。まあ、多くの人々が、家族が ここで憩うのである。私もそうした。

まあ、倉敷を訪れると、美観地区の周り、倉敷駅周辺、今度新たにできる倉 敷駅裏のチボリ公園も含めて、ほとんどの物が大原孫三郎と関係することが分 かる。美観地区の付近は、文字通り大原家の庭みたいなものである。

もっとすごいのは、企業家でありながら、社会思想の研究のため「大原社会 問題研究所」を設立したことである。それも戦前の話である。マルクス主義、 社会主義の研究を行なう研究所に私財をあてた。この研究所は、 法政大学大原社会問題研究所 として現在に至っている。

それにかなり近い考え、農民の生活向上を考えて「大原農業研究所」を設立 した。こちらは、戦後の農地改革の影響を受け、 岡山大学資源生物学研究所になっている。

これらに先だって、岡山孤児院という巨大な孤児院の世話をしたのである。 明治39年に東北地方で大凶作があり、孤児が大量に出て、それらを次々に引 き取り、面倒を見たのである。何千人もの孤児が集まり、その資金的面倒をみ たのである。「岡山孤児院」という名前は昔聞いたことがあったが、詳しいこ とはこの本を読むまで知らなかった。 そもそも、この本の前半は岡山孤児院の話と言ってもいい。石井十次という 岡山孤児院長に惚れ込んで、どんどん私財をつぎこむ話である。

大原美術館について一言書いておくと、あの世界的美術品が存在するために 倉敷市街地は戦火に見舞われずに済んだと言われている。児島虎次郎について も書きたいが、きりがない。

いまでこそ、企業の社会貢献とかいう言葉を聞くが、要するに大原孫三郎は 既に戦前に、明治のころにそのようなことをやっていたのである。まあ、今企 業がメセナといって、企業イメージ向上のためにとってつけたようにやってい ることを、100年前にやった人物である。

とにかく、あまりにも凄い人物であり、今の倉敷は大原孫三郎の遺産で食い 繋いでいると言ってもよい状態なのである。大原孫三郎以後、大原を越える財 界人は出ていないようである。まあ、もっと金を儲けたものは多数いるが、儲 けた金を遠い将来を見越して使った財界人は、未だ出現していない。

1997年5月21日


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