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生家はあばらや


生家は、倉敷とはいっても、大原美術館とかがある本来の倉敷の町ではない。 倉敷は備中の國であり、私の生家は児島であり、備前の國である。備前の国の お城は今の岡山市にあり、その城は烏城(からすじょう)として、真っ黒なこ とで名高い。

さて、私の生家は、私が生まれた時、すでに充分古びていた。私が幼かった ころと、今とでは殆ど古さに変化はない。エアコンがつけられたり、冷蔵庫が 入ったり、というくらいの差しかない。

そういえば、幼い頃は、木の格子が入っていた。聞くところによると、戦前 は真鍮の棒を使っていたが、戦時中物資が不足していたので供出したそうだ。 そうして、貧乏たらしく木の格子になっていた。そして、その格子もぼろぼろ に朽ち果て、取り去られ、窓もアルミサッシになっていたりする。

これでは、まだ、どのくらいのボロか正しく理解できない。私の祖父の姉 (だったと思う)に幼い時に聞いたところでは、その祖父の姉の祖母も、子供 のころからこのくらい古かった、と言っていたということである。つまり、私 より4世代前の人間が子供の頃から古かったことになる。4世代というと、明 らかに100年以上も前のことになる。

一昨年、家の中のゴミの中をかき分けていたら、古箪笥の中から、 古い字引き が見つかった。この辞書はちょうど100年前の漢字辞書であり、保存状態 もかなり良かった。今でも充分使えるくらいである。まあ、こんなゴミまで出 て来るんだから、ちゃんと古いぼろい家なんだ。

昔の家なので、まともな木材を使っていない。それでも、ほぼ垂直に立って いる柱はだいたい4角柱の形になっている。「ほぼ」というのは、鉛直からや やずれている柱もたくさん有り、それぞれの柱が適当に、あるいは不適当にず れているが、それでもなんとかふんばっている。

梁にいたっては、もう曲がりくねったのばかりである。木の皮を削っただけ の梁を適当に組み合わせて、何とか屋根を支えているのである。よくあんなに 曲がった木材を組み合わせて家を建てたものだと感心する。もちろん、昔だか ら、細く削るのは大変な手間であったので、太いままの木を使っている。周囲 が1メートル以上の曲がりくねったのもある。

さて、何時頃建てられたかは、実はよく分かっていない。大体江戸時代中期 らしいということは分かっている。築250年位のあばらやである。もう、こ のくらい古くなれば、築10年、20年どころか、50年、100年位は誤差 のうち。

今度、中古のマンションを購入したが、こういう家に生まれたので、築20 年、30年どうってことないではないか。家なんて、最低でも100年くらい もつものと思っていたら、この頃の家やビルは違うらしい。たかが数十年しか 持たない家しか作れないらしい。トホホである。

もちろん、増築、改築部分はそんなに古くはないが、母屋はそんなに古いの である。こんな古い古いあばらやで育ったため、私の頭も生まれたときから充 分に古くなってしまった。そういうわけで、とても、マイクロコンピュータだ、 パソコンだ、インターネットだ、なんて新しいことにはついていけない。


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