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東京住所遍歴


もう東京に住み着いてから長くなるが、その間にあちこちと引越しをしたの で、その場所を順に紹介していこう。

目黒区大岡山
東京に出て来て、まだ右も左も何も分からないときに、どうも人間はふるさ とを思うものらしい。関西出身のものは東京の西の方に住みたがり、東北出身 の人は北の方に住みたがるようである。少しでも郷里に近いと何か安心するの であろう。本当は、東京駅に近い方が田舎に帰るのに便利なのであるが、どう してもそうなるらしい。

さて、私は、東京で地図を買い求め、ちらちらとめくっていたら「大岡山」 という地名を見つけてしまった。岡山出身者にとっては無視できない地名であ る。岡山より大きな町に違いないと思い込み、さっそく行った。まだ、東京に ついて何も知らない状態なので、町を評価するなんてことはできない。まあ、 商店街もあり生活には困らないかと思い、不動産屋へ行って、安い部屋を契約 して住むことにし、田舎へ帰って荷物をまとめてから出て来た。

住んでみると、確かに山の上である。そして、とにかく坂が多い。その坂も かなり急である。これで、関東平野とは言っても、高低差数十メートルの凸凹 がいっぱいあることを思い知らされた。

そのうち、部屋で寝ていたら、外が非常に騒がしい。なんだろうと思って外 に出てみると、隣の家が火事であった。隣の家との間には小さいながらも庭が あり、延焼は免れた。でも、狭いのと、日当たりが悪すぎるので、早々に引越 しをした。

目黒区中根
まだ東京のことは良く分からないので、歩いても行けるくらい近くの場所に 引越しをした。最寄り駅は東横線の都立大学であり、まあ便利であった。少し 広めで、日当たり重視で決めた。

この部屋は、確か都立大学の駅前の不動産屋で見つけたものだが、引越しし てからびっくりしたことがあった。隣の住人がすごいのである。あの、プロ野 球の巨人軍の王選手の家だったのである。広い庭で娘さんたちが遊ぶ声が聞こ えてきたり、ピアノの音が聞こえてきていた。しかし、私の部屋は、王家には 面していないので、見ることはできなかった。

王選手に出会ったことは非常に少ない。奥様の方は、よく車庫入れに手間取っ ていたので、何度も見かけた。大きな車なので、何度も何度もきりかえして、 やっと車庫に入っていた。普通のサイズの車であれば、もっと楽であろうにと 思ったが、要らぬおせっかいというものであろう。

千葉県松戸市
次は一気に千葉県へ飛ぶ。広さを求めての逃亡である。そのあと、さらに、 関東地方からも逃げ出したのであるが、すぐに舞い戻ってきてしまう。

足立区
足立区に住む友人の家に居候しながら探したので、足立区になった。少々不 便ではあったが、一人住いにしては広い部屋になった。本やコンピュータなど を並べて遊ぶための空間を確保するために、不便を承知で決めた。

しかし、さすが不便で、夜遅くなると家まで帰れなくなり、都心に住む友人 の下宿に転がり込んだりした。まだカプセルホテルも無く、タクシーを飛ばし て帰る程の金もなかった。

文京区
そして、どういう訳か結婚することになり、夜遅くなっても帰ることができ る場所に新居を構えることにした。ある程度の広さも欲しいとなると、なかな か難しい。西の方が便利だったので、そちらを探したが意外に高くて手が出な かった。それで、調べてみると、山の手線の内側でも北の方はかなり安いのが 分かった。

しかし、山手線の内側でとなると、いわゆる陸の孤島ということになる。な んとか山手線の駅からでも歩けない距離ではないという場所である。だから、 山手線の内側に住んでいるといっても、便利なところと誤解してはいけない。 特に、文京区は陸の孤島地帯が多い。南北線開通で孤島地帯は半減したが、ま だ陸の孤島が半分は残っているのだ。

さて、不動産屋につれられて、広くて安くて不便でボロいところを見せられ たが、あまりにボロだったので躊躇していたら、そこを見に行った帰りに、近 所にもう一軒空いているところがあるっていうんで見せてもらったところに結 局住むことになった。

さすが文京区、東大もあり、東大教授がゴロゴロ住んでいたりする。ボート の笹川氏の屋敷が小学校の正門前にあったし、あの徳川家の徳川マンションと いうのがあったり、音羽御殿(鳩山家)を迂回しないと会社に行けなくて不便 をしたりと、なかなかの場所であった。しかし、狭くなり、引越しをした。

世田谷区
ある程度便利で、ある程度広いところを探したら世田谷区になった。まあ、 予算額で全てが決定したと言った方が正しい。

世田谷区はとにかく広い。文京区と比べると、遥かに広く、遥かに人口も多 いのであるが、図書館の数か同じくらいしかない。トホホである。文化施設な どは、人口当たりはかなり少ないようである。

世田谷区は、鉄道の近くは便利であるが、鉄道から離れるとバスしか利用で きなくなる。バスは路線により本数の差が著しい。ものすごく本数の多い路線 では、常に次のバスが来るのが見えている。

今の住所(マンション)のいいところは、バス停から徒歩0秒ということで ある。ターミナル駅から来た時には、バス停がマンションと隣のコンビニの境 にあり、敷地内には徒歩5秒(徒歩0秒は嘘とのことで訂正)で到達できる。 部屋までは時間がかかるが。

バスを利用しなくても、何駅も利用可能なところである。が、この何駅も利 用可能というのは、どこの駅にも遠いということであり、不便の代名詞と思っ て間違いない。今はそういうところに住んでいる。

※2001年、マンションの隣にあったコンビニは閉鎖され、辺境の地になった。

【世田谷の世田谷らしい砧公園‥‥歩いて行けないこともない】


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